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広瀬絣

DSC00547a唐三彩を見た次の日は雨だったのですが、広瀬という町に行きました。この町に伝わる広瀬絣という織物を見てみたいと思ったからです。このあたりには、弓浜絣や出雲織など、その地域独特の織物が伝えられていますが、広瀬の絣もそのひとつです。
 松江の方から向かって広瀬の町に入る手前で左の道をとると、絣センターというところに着きました。ここは、その昔、尼子氏の月山富田城の城下町だったところで、周囲には尼子氏ゆかりの城跡や寺などがあるそうです。
 
 絣センターでは伝統の広瀬絣の展示があり、また、伝習所が併設されているので、実際に絣を織っているのを見学させてもらえました。入り口のすぐ脇に、子守りをする時や荷物を背負う時に羽織った背負い半纏が飾ってありました。今は伝統工芸品として高額のものとなった広瀬絣も、以前は生活着の織物だったのだな、と思いました。
 
 広瀬の街中には1件だけ残る紺屋さんがあるというので、行ってみました。「広瀬絣を見たいと思って来ました」と言うと、少し残念そうなお顔で、ここには反物はおいていない、とおっしゃいました。「とても丈夫な織物で、背負い半纏にしたんですわ」と、先ほどの絣センターで見たままのことをまた、ここでもお聞きしました。
 
 紺屋さんで見られなかったのが残念で、諦めきれなかった私は再び松江に帰って、絣を扱っている店に寄ってみました。しかし、ここも扱っているのは久留米絣や機械織りのものばかりでした。でも、広瀬絣が見たい、という願いに応えて店の奥から「古い布団生地なんですよ。」と広瀬の絵絣を出して見せてくださいました。それは、養老の滝が流れ、その水を男がひょうたんに汲んでいるという絵柄で、おそらくこの水は酒に変わった、という物語を表しているのでしょう。お店の方の話では、そのような流水を絵絣で表すのはとても難しく、しっかりした仕事をしていないと絵がくしゃくしゃになってしまうものだそうです。染色織物の専門の大学の先生も感心なさったという織物に、私もあらためて手仕事日本の技を感じました。
 
 確かに、子守りをするのに半纏を着ることもないし、昔のおばあちゃんたちのように農作業用の大きな籠を背負うこともない今の暮らしの中では、広瀬の絣は出番の少ないものになってしまったのでしょう。でも、できることなら、こんな日本の織物の伝統が続くといいですね。

(写真の右は広瀬絣、左は伝習所のかたの作品)

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