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  • 八橋蒔絵硯箱
    燕子花と橋のデザインされた光琳の作品 (東京国立博物館HP)

裏磐梯 五色沼周辺 1


  • 猫魔から五色沼入口へ向かう散策路を歩きました

さくら

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    いろいろなところで撮った桜の写真です。

青楓の小石川後楽園


  • 5月3日小石川の後楽園の庭を歩きました。

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師との別れ

 学生時代、お世話になった先生が亡くなりました。卒業後は一度お会いしただけで、なんの恩返しもせず、社会に出てからの成果もご報告できるようなものは何もなく、ご無沙汰をしたままの別れとなり、残念な気持ちです。同期の友人3人と告別式に行き「こんなことなら、何もなくても3人で押しかけるのだった」と悔やみました。
 ふだんはにこやかな先生でしたが、教室ではいつも真剣な表情で私たちと向き合ってくださり、同級の男子学生と喫茶店の小さな机をドンとたたきながら文学論を戦わせていらした姿が印象に残っています。また、卒業式の前日には私たちを連れて、新宿歌舞伎町のゴールデン街に行き、有名な作家の先生やジャーナリストたちに会わせてくださいました。いわゆる文壇バーというところに足を踏み入れて、私たちはふしぎな大人の世界を垣間見ました。「こんな世界もあるんだよ」と父親のように広い世間を見せてくださったのです。

 美術の世界では師との別れを乗り越えるために、絵や偈(詩文)をかいてもらったり、肖像をつくったりしてその思い出や面影をとどめるということが行われてきました。先にご紹介した明恵上人の肖像画もそういうもののひとつですし、禅宗の僧侶たちの肖像彫刻や頂相(ちんそう)と呼ばれる肖像画もそうです。その意味を知らない頃は、なんとつまらない絵だ、と思っていましたが、別れる弟子の立場に立ってみれば、それは見守ってくれた師の愛を感じ、また、若き日の己の未熟さを思い出させ、何ものかを求めて学んだ日々のすべてを一気に思い出させてくれるものなのです。
 そうした肖像の中でも、最も有名なものは唐招提寺の鑑真和上の像でしょう。天平宝字7年、弟子の忍基が講堂の棟梁が折れる夢を見て、師の死期が迫っていることを感受し、つくったと言われるものです。私は幾度かこの像を見る機会を持ちましたが、暗い展示室にあると、本当に生きておられるかのような像でした。この像の前では、きっと弟子たちも和上亡き後も以前と変わらぬ心持ちでいられたことと思います。
 
 奇しくも、先生と和上の享年は同じでした。私もせめて先生の著作を本棚の目立つところに入れて、教えを忘れないようにしたいと思います。

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コメント

そうですね。いつか・・と思っているうちに
時間がたってしまいますね。
私もご無沙汰してしまっている先生に、
お会いしたくなりました。
せめて、近況報告のお手紙を書いてみようかと思います。

●手紙やはがきをいただくことは、とっても嬉しい事ですよね。先生もきっと喜ばれます。

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» いにしえに迷う (西の京) [いにしえに迷う]
その日は、朝まだき、萩の寺をたち、悲運の大津皇子 眠る、また数多くの歌や伝説に詠まれてきた二上山に赴いた。 それから、山の中腹にある、中将姫伝説の当麻曼荼羅で名高い当麻寺の諸仏を仰ぎ、帰りしな西の京 に立ち寄った。 千古の松林の中に盲目の鑑真和上とともに... [続きを読む]

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