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大の男のお茶遊び

saita

 五島美術館でパンフレットをもらった齋田記念館というところが気になり、訪ねてみました。小田急線の世田谷代田駅から環状7号線を大森方向へ約7分歩き、そのりっぱな入り口に着きました。

 7月29日(金)まで開催されている展観は「近代数寄者の茶湯―『大正名器鑑』を中心に」というものです。第一次世界大戦による好景気の中で活躍した新興政財界人たちが行ったお茶の記録、茶書の展観で、『南方録』、『茶道筌蹄』、『東都茶會記』、『茶會漫録』などという、お茶関係の文章にはよく登場するような本を実際に見ることができました。

 最も有名なものとしては、高橋箒庵(1861~1937)の編んだ『大正名器鑑』が出ていました。とても大判の本で、茶入や茶盌の木版画が貼り込まれていました。少し前、テレビで明治の実業家、加賀正太郎氏が大山崎の山荘内で栽培した蘭を「蘭花譜」という植物画集にまとめ、昭和21年(1946年)に刊行した、という番組を見ましたが、その画集も104枚の木版画と20ページほどの写真で構成されていたそうです。この頃までは写真や印刷の技術が今ほど発達していなかったため、花にしても、茶器にしても、美しさを伝えるのは木版画の方が良いと判断されたのでしょうか。現代人の目からみると、図版を木版画にするというところからして、とても温か味が感じられ、本そのものが美術品のようでした。

 もうひとつ、古き良き時代を感じたものは『千種の色 別巻 古渡更紗』という本で、茶器や茶碗の仕服に使われる名物裂(めいぶつぎれ)のうち、更紗を特集した本です。この本は1862年から1939年まで発行されたものらしいのですが、更紗の布を写真や版画で掲載しようとしたものの、どちらもうまくいかず、結局は模織、復元ということが行われ、本の中に本物の更紗布が貼り込まれました。
 模造品をつくるにあたっては、退色してしまったものは元の色相にし、紋様、布地の厚さ等は全く本歌どおりとし、全て植物染料を用いるという方針で作られました。人手のかかる昔ながらの織りや植物染料による更紗づくりは、「十年以内には二度と織る事が出来ない程である」と紹介されている自信の作品だったようです。しかし、このことは逆に、当時すでに化学染料や織機の機械化が進んでいて、手作りの世界が脅かされていたことを表しています。
 陳列されていたのは、齋田記念館の今回の展観のパンフレットに載せられていたもので、「納戸地かたばみ」「白茶地金牡丹」「菱つなぎ」「黒地糸巻」「カワ色唐花」「法隆寺裂」「本願寺裂」「鴛鴦裂」などという更紗が貼ってあるページが開けてありました。「納戸地かたばみ」「白茶地金牡丹」「菱つなぎ」「黒地糸巻」の文様や色はかわいらしく、このような布の復元に大の男たちが一生懸命になり、また、そういう布に関心をもってお茶を楽しもうとしていた大正時代がすてきな時代だったような気がしました。

 古渡更紗とは、桃山から江戸初期くらいまでの間に長崎などにもたらされたインド、ペルシャ、ジャワ、中国、あるいはオランダなどの木綿の染め布ですが、江戸時代にはすでに京都に古渡の更紗の味を凌ぐほどの華麗な「写し和更紗キレ」をつくる一団があったそうです。また、江戸にも「江戸更紗」というものがあり、更紗布は日本人にとって身近な布だったといえます。しかし、そこを敢えて「古渡」にこだわった茶人たちは、桃山時代、西洋を含めた世界を初めて意識した頃の日本人の気持ちを大切に取っておきたかったのでしょうか? 
 今回の展観の中心人物、高橋箒庵の「茶敵(ちゃがたき)」であった有名な益田鈍翁の茶会記などをみるとやはり、利休や太閤秀吉の時代が意識されていることが多く、利休所持の道具や秀吉の消息(手紙)の軸などがたびたび登場します。大正時代の財界人たちには、日本が大きく動いた戦国から江戸へかけての時代の人物たちへの憧れもあり、あのように熱心に茶道に取り組んでいたのかもしれません。
 ゴルフと同様、密室で、他人を入れることなく、たとえ敵同士であっても一堂に会すことのできる茶事というのは政界、財界の人にとって便利だったのでしょうが、そのような損得だけでなく、彼らが総合芸術のお茶というものにとても魅力を感じていたということは、この展観に出ているさまざまな茶書が証明しています。

(齋田記念館は 土曜、日曜、祝日は休館、ただし、第4土曜は開いています)
(写真は齋田記念館のパンフレットと地図です)

saitatizu

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