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続 褪せない色糸

nihonnoiro
 前回、新シルクロード展に出ていた刺繍のことから、染色の話になったついでに、今日は最近読み終えた本の話をさせていただきます。吉岡幸雄著『日本の色を染める』(岩波新書)という本で、奈良時代から江戸時代までの各時代に登場した染色法やそれにまつわるエピソードが古典文学や絵巻,美術品の話ともからめて語られています。

 著者の吉岡幸雄氏は京都の染屋の5代目で、出版編集の世界にいたのを呼び戻されて家業をつがれたという方です。4代目の父上は家業の経営より染めや織りの調査に興味を持ち、正倉院宝物などの古代の染色研究をきっかけに、大学の教壇に立ちながらも古来の植物染料に戻ることをめざしたそうで、幸雄氏もまた、「どうせ家業をつぐなら、いっさい化学染料を使わない、伝統的な植物染だけに徹したい」という覚悟をもって染色の仕事を始められたそうです。

 縄文の時代から江戸時代までの各時代について章立てがしてあり、それぞれ面白い話題が提供されていましたが、なかでも第3章の「王朝の色彩」で、『源氏物語』からの抜粋をまじえつつ書かれた部分など、染色に詳しくなればもっと物語が楽しめることがわかり、久しぶりに『源氏物語』を読んでみようかしら、と思ってしまいました。「衣配り」の場面では、年の暮れに光源氏が周囲の女性たちそれぞれにふさわしい衣を選んでいるようすが書かれてあり、著者はそれをとてもくわしく説明してくれています。古代の物語はなかなかテレビや映画になりませんが、こうしたものを読むと、平安の貴族たちの見ていた世界というものが目に浮かぶようで、おもしろく感じました。

 また、「紫紙金字金光明最勝王経」や「紺紙金字経」などの製作法についてくわしく書かれているところも興味深く読みました。この紺色の経典は今まで幾度も目にしながら、この紙をどのように染めたのか、などということをついぞ思ってもみませんでした。なんと、紫の紙は紫根(紫草の根)から抽出した色素を椿灰で沈殿させ、絵の具状の濃い紫色の染料をつくり、和紙に何度も刷毛で塗ったものだそうで、芯の部分に白い紙が見える損傷箇所があるところから、そのように考えられると述べられています。
 また、紺色の方は藍で染めたものだそうです。本にはこの染め方についても詳しく書かれていますが、本当に手間のかかる工程で、使用する畑の藍作りについても相当に大規模でなくてはならず、当時の染色がどのように行われていたかを想像することは難しいともおっしゃっています。経典の書写はたびたび行われ、紺紙に金字で書かれることも少なくなかったと思われますが、その材料を用意することだけでも大変な作業であったことがわかりました。
 しかし、こうした紫や紺で染色すれば虫や黴にも強くなるということで、古代の人々は手間を掛けて遠くからもたらされた貴重な経典を守ろうとしたのです。現代の紙が100年もたてばぼろぼろになってしまうかもしれない、ということを聞いたことがありますが、またしても、現代人の負けなのでしょう。奈良の経典も平安の経典も、美しい色を残して私たちの目の前にあります。

 吉岡氏は「あとがき」の中で、染料、助剤、繊維などすべての材料が手に入れにくくなっているということに触れていらっしゃいます。「国内における絹の生産はまさに風前のともしびといわねばならない。」と述べ、「しかも、蚕を育てるのに人工飼料を使っているところがほとんどである。それらが、真の絹といえるかどうか、私も疑問に思うことがある。」と日本の現状を憂えていることが書かれていました。私も先日、子供向けに描かれた桑の絵が本物とは全く違う形に描かれているのを目にし、桑という植物はこれほど日本人にとって遠い存在になってしまったのだと、愕然としました。子どもの頃育った町には、すでにその役目は果たし終えていたのだと思いますが、蚕糸試験場というものがあり、田舎の家に行けば「昔はここでお蚕さんを飼っていたんだ」という二階家があり、背の低い桑畑をみることもあった時代から、私たちは本当に離れたところへ流されて来てしまったのだ、と感じました。

 しかし、吉岡氏は「だが、私はあきらめてはいない」とおっしゃっています。先進諸国における自然回帰の流れに希望をもち、滅びようとする日本の紫草をよみがえらせようと全国の人に種を配り、栽培法を教示しているという大槻順三氏の活動や、竹田市周辺の人が参加している「紫草園」に望みをつないでいるのです。

 美しいものを守っていく、ということは、現代においてはますます大変なことなのだ、ということを考えさせられる「あとがき」でした。でも、本文はとてもおもしろい内容です。興味のある方はぜひ読んでみてください。  

(吉岡幸雄氏は宮元武蔵と決闘した吉岡一門の流れを汲む染司で、このブログの最初からご紹介していた『日本の意匠(デザイン)』 の編集者でいらっしゃいます。ネット上にはたくさんの関連HPがありますので、吉岡幸雄さんのお名前で検索してみてください。)

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コメント

どこの国でも、伝統的な技法を守ったり
受け継いでゆくのは、大変なことなんだろうと
思いました。

草木染めのものは、科学的なものとは受ける印象が違いますね。
虫や黴を防ぐし、空気を浄化させたり静電気を防ぐ作用も
あると聞きました。
優しい気分になるのも、見た目だけではなく科学的な根拠もあるんですね。

日本には、浅黄色とか、朱鷺色?とか素敵な
名前がたくさんあるのに使われなくなってしまうのは
とても残念です。
吉岡幸雄さんの本、読んでみたいと思います。

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