最近のトラックバック

美術に関する本

作品が掲載されているHPへ

  • 八橋蒔絵硯箱
    燕子花と橋のデザインされた光琳の作品 (東京国立博物館HP)

裏磐梯 五色沼周辺 1


  • 猫魔から五色沼入口へ向かう散策路を歩きました

さくら

  • Dsc00334_edited
    いろいろなところで撮った桜の写真です。

青楓の小石川後楽園


  • 5月3日小石川の後楽園の庭を歩きました。

« 昭和ひと桁ののどけさと古径の墨色 | トップページ | 「関野貞アジア踏査」展 シンポジウム »

仁清の土のあかるさ

sirasagi
 静嘉堂文庫に行きました。「京のやきもの―仁清、乾山、楽代々―」という展示で、茶入、茶碗、香炉、風炉、水指、鉢、香合、急須、向付と、お茶に関連するようなものが多く出ていました。
 入り口で待っていてくれたのは、七夕の時にお話した『白鷺香炉』。写真ではわかりませんが、眼が青く、肌も柔らかそうな白さで、かわいらしいものでした。金沢の美術館で以前見た雉香炉もそうですが、想像していたものよりかなり大きく、びっくりさせられます。本当にこれを香炉として使ったのでしょうか?
 仁清という人は造形力があったと言われていますが、確かに、焼き物でこのようなすっきりとした形を造るのは技術のいることなのだろうと思います。仁清の作品で、『白釉輪花透鉢』という鉢も展示されていましたが、器用に透かしを作ってありましたし、『色絵法螺貝香炉』に至っては、どうしてこのようなものを作れるのかしら、と不思議な気持ちになってしまいます。
 おそらくものを作ることが大好きで、手先も器用な人だったのではないか、そして、その器用な職人にぴったりのすばらしいパトロンがみつかって、これらのきれいでしかもダイナミックな陶器が生み出されたのだろうな、と想像しました。パトロンの金森宗和は「姫宗和」と呼ばれて、貴族に好まれるきれいなものを使い、古典にテーマをとったお茶をした人のようで、仁清は彼の要求に応じて作品を作っていたようです。

 仁清の魅力は造形力の他にもあります。今日の展示の中にも『色絵吉野山図茶壷』がありましたが、この黒と色絵の組み合わせもそのひとつでしょう。現代のお茶会でも、数茶碗として仁清風の黒と色絵のお茶碗によく出会うような気がします。楽茶碗の黒とはまったくちがって、仁清の黒はとてもおしゃれな感じです。周囲には金も使ってあり、華やかな黒ですね。仁清はスタイルの良い美女が黒いドレスを着て、華やかな宝石で飾ったような、と言ったら、ちょっと言いすぎでしょうか?
 もうひとつ、別の魅力として、私は仁清の土の色がすきです。ピンクっぽいあかるい色が柔らかさを感じさせてくれて、中国の陶器や磁器にはない日本の焼き物の魅力ではないかと思っています。仁清風の茶碗で、残念だな、と思うのは、土の色が白すぎてやはり本物の魅力に届かないことです。白鷺の香炉も法螺貝の香炉も、釉のかかっていない器の端がやわらかい卵色になっているところがいいな、と思います。
 『無一物』という呉器写しの茶碗も本当にすてきなもので、轆轤が上手だった仁清の魅力と土の色のあかるさが相俟って、気品を創り出していました。このように存在感のある茶碗の銘が『無一物』というのもなんだか妙な気がしました。魅力いっぱいのくせに、なにもありません、だなんて…。

torikabuto

 また、絵葉書の写真をのせましたが、古清水焼の『色絵鳥兜香炉』などの黄色っぽい焼き物も私の好きなものです。松江の方にある楽山焼という窯のものもこのような黄色い土のものがあるのですが、絵付けの様子などもとても良く似ていて、何かつながりがあるのかしら、と思いました。楽山焼と古清水焼については、また別の機会にお話したいと思います。
 

(写真は静嘉堂で買った絵葉書。仁清の『白鷺香炉』と古清水焼の『色絵鳥兜香炉』です。)

« 昭和ひと桁ののどけさと古径の墨色 | トップページ | 「関野貞アジア踏査」展 シンポジウム »

コメント

正直言って、仁清は知りませんでした。手元にある図鑑を広げてみると、ありました「仁清(野々村仁清)」。姓は野々村で、名は清右衛門だから、仁清は屋号・銘のようなものなのでしょうか。

丹波焼きの陶工で京都・粟田口で修業し、瀬戸まで学びに行った研究熱心な人だったみたいですね。

また『日本美術名宝展』に『色絵月梅図茶壷』『色絵若松図茶壷』『色絵牡丹文水指』が紹介されていました。昭和61年の展覧会だから、全く記憶にございません(笑)。今後は気をつけてみようと思います。『白鷺香炉』は見てみたいですね。

余談ですが、京都の知人のデザイナーも野々村と言いますが、何か関係あるのかも。

仁和寺の御庭焼を任された清右衛門、なので「仁清」になったそうです。この時代は、京都の貴族たちも、各大名のお膝元の地方でも御庭焼という自前の窯があったようです。京都にもたくさんの窯があって、それぞれに違ったものを焼いていたらしく、展示の説明に多くの窯を示した地図がありました。

「白鷺香炉」すてきな形ですね。
これも、轆轤で作ったのでしょうか…?

先日、ペルシャ絨毯のお店に行ってから
イランの陶器や映画にも興味がわいてきました。

ラスター彩で検索をしていたら、MIHO MUSEUMが
出てきました。
サイトのデザインも魅力的な美術館ですね。
この、ブログにもリンクしているのを見て、
ますますいってみたくなりました。

ラスター彩もきれいな焼き物ですね。私も好きです。
MIHO MUSEUM、行ってみたいですね。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/88028/4998066

この記事へのトラックバック一覧です: 仁清の土のあかるさ:

« 昭和ひと桁ののどけさと古径の墨色 | トップページ | 「関野貞アジア踏査」展 シンポジウム »

日本の美術・アジアの美術2

夏の会津

  • 15  喜多方の観光馬車
    会津若松で白虎隊の墓所、御薬園、鶴ヶ城をまわりました。