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昭和ひと桁ののどけさと古径の墨色

nomaharu
kokeitirasi
 今日は用事があって都心へ出たついでに展覧会を2つ観に行きました。
ひとつは、講談社野間記念館の四季礼賛「緑陰」展です。目白の駅前からバスで椿山荘前まで行ったところにあるこの美術館はもとは講談社初代社長邸だったそうで、門をはいると鳥の声がして、落ち着いた雰囲気です。今年初めてのアオスジアゲハも見かけて、ちょっと嬉しくなりました。
 「緑陰」をテーマにしてある絵はどれも爽やかで、目にやさしいものでした。川村曼舟の「東山緑雨」の雨に煙る山とおぼろげに見えている塔の絵や、横山大観の「訪友」という絵がすてきでした。
 色紙十二ヶ月というコレクションもたくさん出ていました。昭和3年から昭和13年までの画家たちの色紙作品ですが、紙の色紙ではなく絹本着色の本格的な絵です。池田遥邨の作品などは、非常に緻密で美しいもので、それをごく近くから見られるので嬉しくなりました。たっぷり厚く塗られた緑の顔料の中にきらきらとした石の輝きもあり、こんな絵を身近に飾れたらいいな、と思ってしまいました。伊東深水、木村武山、山本丘人、山口蓬春という人たちの画技のエッセンスを見ることができて満足しましたが、これらの絵が描かれたのは昭和のひと桁という時代。世間が戦争へと進んでいく中で、このようにのどかな絵を描いていることは、そう簡単なことではなかったかもしれません。福田豊四郎という人の絵だったと思いますが、暢気で、すこしとぼけた田園の風景をみながら、この3年後には日本は太平洋戦争へと突入してしまうのだな、とも思いました。暗い時代へ行く前の最後ののどけさがこれらの小さな色紙に込められていると思うのは、考えすぎでしょうか?

kami
 ふたつめの展覧会は小林古径展。前期には行けなかったので、見られなかった絵もありますが、今日は、今回の図録の表紙になっている「髪」も観ることができました。細い廊下の先の突き当たりにこれが飾ってありました。近づいて気が付いたのは髪を梳かしてあげている方の女の子の髪。散切りになっていて、上半身を露わにしている女性の長い髪と対照的です。この二人の間にどのようなドラマがあるのだろうか、と思いました。
 この「髪」の櫛を持つ女性の目もそうですが、下図とともに出ていた「機織」や、梅の仙女「羅浮仙」という絵にみる女性たちの力のある視線がとても魅力的でした。この目の力は、古径の熱心なデッサンから生まれたものでしょう。明治39年のスケッチブックの写生の中には女性の目、鼻、口などを描いたものが出ていました。このような観察の結果があのような迷いのない線になっているのだろうと思われました。
kakitubata
 もうひとつ、魅力を感じたのは、墨色で描かれた葉の美しさでした。確か「RINPA展」にも出ていたと思いますが、「唐蜀黍」の黒い葉の濃い墨と薄い墨の対照がおもしろく、色をつけたときには現れなかった効果がみられるのではないかと思いました。ほかにも「燕子花」という絵も葉が墨色で描かれていましたが、これも色をつけた部分とのバランスや墨色の濃淡がきれいな絵でした。また、古径という方は胡粉についてとても厳しい方だったという話が会場においてあった冊子に書かれていましたが、さすがに燕子花の白は美しいものでした。
 墨色のことについては、前期に出ていた「白菜図」や「三宝柑」という作品を見逃したことを残念に思いました。図録で見るとこれらの作品は、黒いガラスの器に入っている野菜や果物の絵なのですが、墨色のガラス器がまた良いのです。小林古径というと、私が子どもの頃はよくデパートの新春の呼び物などに飾られた色のきれいな画家、という印象があるのですが、意外に脇役の墨色の魅力もあるのでは、とあらためて思いました。
今回会えなかった絵に、また、いつか出会えますように、と祈りながら、今日はおしまいにします。

(写真は野間記念館のちらし、「小林古径展」のちらし、図録表紙の『髪』、同図録より、『燕子花』。下は野間記念館の秋のお知らせのちらしです。画像はクリックすると大きくなります。)

nomaaki

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コメント

小林古径の『髪』は何回か見ているのに、髪を梳かしている女性は確かに散切りですね。ぼやっーと見て、注意して見ていなかった証拠です(笑)。

女性は長髪が理想とされたのに、なぜ散切りなのでしょう。明治天皇が散切りにされたことが影響しているのでしょうか。

また、その女性の目は職業婦人を思わせますので、プロ意識から散切りにしたのでしょうか。

確かに何かメッセージを込めているのかもしれません。


古径の絵は近づくと発見があるような気がしました。『清姫』のうちの桜の木の絵も、近づくと、桜の花の軸の茶色が効いているということがわかりました。散切りの髪も、あの大きな絵に近づいてはじめて気付きました。今切ったばかり、という様子です。いろいろなドラマを考えてしまいますね。

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