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宝石のような焼物―永楽

eiraku


 3月15日から21日まで、東京日本橋の髙島屋で、十七代永楽善五郎展が開かれていました。昼休みの短い時間でしたが、見に行き、宝石のような美しい焼物を楽しんできました。この展覧会は、4月5日から11日には、大阪の髙島屋で行われることになっています。

 この展覧会のすぐ後、本屋で『永楽家 京焼の精華 十七代 永楽善五郎』(淡交社)という本を見つけました。17年1月発行のものでしたが、今回の展覧会に出ている作品も載せられており、図録を見つけたような気になって、求めました。大変美しい写真で構成された本で、色鮮やかな永楽の焼物の魅力が楽しめます。「十七代 永楽」とありますが、内容には永楽家歴代の作品やその人物が紹介されており、興味深く読めました。

 それによると、永楽家はもともと西村という名で、土風炉を制作する家だったのですが、十代目の了全から茶陶を製作するようになったということです。この了全は9歳で父宗厳(そうごん)を、12歳の時には母を亡くし、さらに天明の大火(1788年)で家屋敷も、家伝の文書や「宗全」の印も失ってしまいました。この窮状にある18歳の了全を救ったのは千家八代目の啐啄斎(そつたくさい)でした。了全は茶碗師の樂家、了入に教えられ、陶技を磨き、家を再興したといいます。
 ついでながら、この啐啄斎の「啐啄」とは、鳥の雛が卵からかえる時、親鳥が外からつつき、内側から雛が小さな嘴でつつく、その音を言うそうです。まさに啐啄斎はその名のとおり、了全を世に迎えたのでしょう。その後も千家は九代目の了々斎になっても西村家との縁を深めていったそうです。
 茶陶の家へと大きく変化したのは、この了全の養子、保全からでした。保全は幼い時から陶器の釉薬や絵の具を扱う店に奉公に出ていた人で、12歳のころ、了全の養子となっています。おそらく、そんな釉薬や絵の具の知識と、器用な了全の陶技がひとつになって、永楽の鮮やかな茶陶が生み出されたのではないでしょうか。
 保全という人は茶道を久田宗也に習うほか、陶技をいくつもの家に学び、書、画、歌、蘭学までと、さまざまな教養を身につける努力をしていたということで、何代にも渡る家を継ぐ人の重責を感じていたにちがいありません。また、研究熱心な保全は中国陶器・磁器の写しを作ることもしており、祥瑞写し、安南写しの水指が本に紹介されています。

 さて、展覧会の方ですが、本当に鮮やかな色の焼物でした。若いころ、私が永楽の焼物を初めて見たのは、黄交趾の平水指が最初だったように覚えているのですが、あまりの鮮やかさにびっくりし、お茶で使う焼物の中にも、このようにビビットなものがあるのだと感心しました。渋い土肌を見せる茶入や淡い色の焼物の多いお茶の席で、永楽の焼物は独特の個性で席をひきしめていたような気がします。
 今回の展示では松の絵付けが印象に残りました。松は十七代善五郎のテーマなのでしょうか。仁清のような色絵にも、さわやかなブルーの染付にもそれぞれの美しさがありました。色絵の松のとろりとした釉の様子はとても瑞々しく、すてきで、日本の植物の意匠の中で王様のような松を、正面から堂々と描いているような感じを受け、同時に当代のまっすぐな姿勢を感じました。

 永楽家には妙全という女性がいて、大正から昭和にかけての19年間、十四代の得全亡き後、家業を守りました。「お悠さん」と呼ばれ、作品の人気も高いようです。十五代となる甥の正全へと家を継いでいくために力を発揮したという妙全の作品を、私はあまり見た覚えがないのですが、これから、また見る機会があるように祈っています。

 それにしても家を継いでいくには、いろいろのことがあり、困難にぶつかることも少なくありません。でも、そんな難しい時、手を差し伸べてくれる支援者があったり、新しいものを取り入れたり、女性が頑張ったりということでより、強いものが生まれてくるものなのかもしれません。

(写真は『永楽家 京焼の精華 十七代 永楽善五郎』(淡交社)の表紙)

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