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松江でみた前田青邨

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 先週、松江に行ったところ、偶然「生誕120年 前田青邨展」が開催されていました。島根県立美術館は、この拙ブログの一番初めに唐三彩を見たというお話をさせていただいた美術館です。

 少し前の梅雨前線の停滞で松江の市内でも水害があり、私が行った時も山陰自動車道は通行できませんでした。宍道湖の水はこの20数年、今までに見たことのないほど満杯になっており、嫁が島も土が見えないありさまでしたが、展覧会の始まった22日には少しずつ水かさも減ってきていました。

 前田青邨は1885年、岐阜県中津川の生まれ。16歳で上京し、梶田半古の塾に入り、絵の勉強を始めます。画才はそれ以前の子ども時代から発揮されていて、小学校の校長に卒業後は絵を習いたいと意思表示をしていたそうです。また、めんこ遊びで負けると友人たちに武者絵を描かされていたといいますから、幼いころから際立ったものがあったのでしょう。

 今回の展覧会にも甲冑をつけた武者の絵は多く、昭和4年の『洞窟の頼朝』、昭和46年の『知盛幻生』など以前にも見る機会のあった絵のほか、絵の勉強を始めたばかりの明治35年の『巴』、昭和20年の『大楠公』、昭和22年の『応永の武者』などが出ていました。青邨は「私は子どもの時から、武将の鎧を見るのが好きであった」と語ったそうですが、そうした少年の頃の憧れを、生涯持ち続け、くりかえし描き続けました。

 甲冑の武士ではありませんが、『三浦大介』(昭和41年)や、に頼朝の追討から逃れる舟の上の義経一行を描いた『大物浦』(昭和43年)も惹きこまれる絵でした。小学校の頃、習っていた先生が日本の歴史の話をくわしく聞かせてくれたという経験が、後に画を描くようになった時に活かされたのだと青邨自身も述べていますが、子どもの頃の体験というのは本当にどのように大きく成長に活かされるかわかりません。

 明治36年といいますから、青邨が17歳か18歳のころの作品に、『小碓尊(おうすのみこと)』という作品がありました。この作品は、倭建命(やまとたけるのみこと)が熊曾建(くまそたける)を討つため女装して機会を窺っている様子を絵にしていますが、美しい青年の緊張した雰囲気がよく表されているものでした。この絵は師の半古の画風の影響が見られるものですが、こうした初期の絵から晩年まで、青邨は様々な描き方をしています。歴史画、絵巻物風、仏画、『鵜』のような水墨画、『唐獅子』のような面白みをもつ絵もあれば、琳派のような構図を持つ花鳥画、人物の内面をも深く洞察しているような人物画、鳥獣戯画を思わせる『動物の舞踏会』のような漫画まであります。

 そのどれもが、それぞれに魅力的で、青邨という人は達者な人なのだな、と感心してしまいました。日本画そのものも、その方向を模索していた明治以来のこの時期、青邨も様々な試みをし、また迷いもあったのかもしれません。が、「写生を離れて決して創作することが出来ない」という姿勢と、その写生を自分の絵にするために「常々の修養、東西の古画の勉強」を生かそうという意志が、このように魅力的な絵を生み出したのだと思われました。しかも晩年に描いた紅白梅や牡丹のみずみずしさを見ると、それは生涯続いていました。

 松江にいる間に、姑の友人であったIさんに会いました。今年86歳のIさんのお部屋にはお琴と鼓、煎茶用の道具があり、手作りのかわいい人形が並んでいます。お言葉に甘えて上がらせていただくと、薄茶を点ててくださいました。「あなたのお母さんは渋好みだったけど、私はかわいいのが好きなの」とガラス製の華やかな平茶碗でお茶をいただきました。少女時代は妹さんと宝塚少女歌劇に行ったこと、日本舞踊や仕舞を習ったこと、妹さんが宝塚の団員となり、その後バレリーナとなり、バレエ教室を経営したこと、そのバレエ教室の発表会の衣装制作をIさんが引き受けていたこと、さらに現代の若者の状況など、話は尽きませんでした。

 人は子どもの頃の体験を発展させながら生きていくのかもしれない、前田青邨の画業を見ても、Iさんの話を聴いても、そのように思えました。Iさんと「青邨展」の話になった時、図録を繰りながら、ピンク色の華やかな紅白梅図に感心なさっていました。さすがです。


(写真は「前田青邨展」のちらしの表と裏です)


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