並んでみることの重要性
出光美術館の『風神雷神図屏風』を見に行ってきました。金曜日、勤め帰りにこの美術館に寄る人は多く、なかなかの人出でしたが、それでも見たいポイントでしばらく待っていると、少し人の波がとぎれて、離れたところから屏風全体を見ることのできる程度でした。
宗達の風神雷神はスピード感があり、やはり本歌の強さを持っていて、わくわくしてくるような作品でした。きれいに和服を召された年長のご婦人が、満足そうにうなづいていらっしゃったのを見て、「わたしも、そう思います」と同意をしたくなりました。
それでも、この宗達のすばらしい作品に出会って、光琳も写さずにはいられなかったし、その光琳の作品を見て、模写の便宜はあまりなかったとみえる酒井抱一も、それを写さずにはいられなかったのです。パネルの説明を読むと、抱一はこの作品が光琳のオリジナルと考えていた、と述べていましたが、そう思ってもおかしくないほど、光琳の模写はよくできた模写でした。
そうして、われわれ現代人は、数百年のうちに現れた3人の天才の作品をこのように一堂に集めて、楽しんでいるのです。抱一が考えもしなかった3人並列ですが、パネルの説明のとおり、後にゆくほどパワーはダウンしています。かわいそうに、あの素晴しい『夏秋草図屏風』の作者、抱一は意味のない、様式化された線を描いた作家として紹介されていました。
しかし、順路を進んでいくと、抱一のすてきな作品が出てきます。オリジナルと誤解していたかもしれませんが、写すことによって、光琳と我との違いを感じ、それでは自分の良さは何であろうと考え、答えを出していったのではないでしょうか。光琳の『風神雷神図』の裏に『夏秋草図』を描いて、雷神の裏には夕立に打たれて頭をたれる夏草を、風神の裏には野分に吹かれる秋草を対応させたというのですから、おもしろいではありませんか。
これが、最初から自分は自分、と言って、人の作品を見ずにいたら、このようなすてきなことは起こらなかった、と私は思います。人は、特に若い時には、並んでみることがとても重要なのではないでしょうか。他人と並んでみると、いろいろなことが見えてきます。似ていたり、違っていたり、相反していたり、さまざまです。でも、そうやって並ぶことで自分が掴めてくるのだと思います。
いま、社会に出ることをためらってしまう若者が多い、と聞きます。彼らが、自分だけの仕事、私にしかできないものを求めている、とも聞きます。でも、最初はみんなと並ぶことがスタートなのではないでしょうか。まず、同じことをやってみるのです。
琳派の作家たちを考えても、皆、まず真似をし、学びます。同じ構図、同じ主題、同じ手法……。でも、円熟期に入った時の作品がそれぞれに魅力を持ち、個性を発揮するのを、私たちは展覧会で見ています。渡辺始興、鈴木其一、中村芳中、池田狐邨、神坂雪佳、近代に入ってからも、下村観山、菱田春草、今村紫紅、横山大観、川端龍子、平福百穂、小林古径、前田青邨、福田平八郎、加山又造と、2004年の「RINPA展」では多くの琳派の流れの中にいる画家たちが紹介されていました。
日本の浮世絵や絵画が海を渡って影響を与えたということを考えに入れるとなれば、もしかするとエミール・ガレやミュシャもRINPAということになるかもしれません。仏教美術の流れをみてもそうですが、人類は真似し、真似されて発展してきたのです。それでもひとりひとり、違ったものが生み出されてくる、この不思議さ! 安心して、並んでみようと、思いませんか?
「風神雷神図」の説明で、こきおろされている酒井抱一が、後にはあのようにすてきな自分を持ったということに気づいて、今夜の私は少し興奮しているようです。
(写真は出光美術館のちらしと、同美術館で買った酒井抱一の絵葉書、「十二ヶ月花鳥図貼付屏風」より、九月と十一月 クリックすると大きくなります。)
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コメント
突然失礼します。酒井抱一は本当に素晴らしいですよね。この出光美術館というのは、本当に素晴らしい所蔵品ばかりですね。またいきたいです。
投稿: 琴葉 | 2006/09/16 10:18
●琴葉さん、はじめまして。コメントありがとうございます。抱一のやさしくて凛とした感じ、私も大好きです。上野の国立博物館で見た蔦の葉の赤さと蔓の強靭な線が目に焼きついています。出光は次は伴大納言の絵巻ですね。
投稿: 郁 | 2006/09/16 18:23
はじめまして。
TBありがとうございました。
現代は自我が個性であるような、勘違いをしてしまっている方が多いように感じます。
まずはそこから脱却しなければなりませんね。
ひとつの屏風絵から学ぶこともたくさんあります。
よい展覧会でした。
投稿: tsukinoha | 2006/09/17 07:06
●tsukinohaさん、こんにちは。
こちらこそ、TBありがとうございます。
琳派の時代を超えた師と弟子の関係は、
現代の私たちでも創りだせます。
情報の多い今だからこそ、長い歴史の中で
自分が信じられるものを選んで私淑すれば
いいのだろうと思っています。
tsukinohaさんのブログを読んで、そのようなことを考えました。
投稿: 郁 | 2006/09/17 12:13
おはようございます。
コメントをさせていただく代わりに、トラックバックを送らせていただきました。
本日は三井記念美術館へ楽焼を観に行ってまいります ^^
郁さんも、よい週末をおすごしくださいね。
投稿: 雪月花 | 2006/09/21 07:04
一筆申し上げます。はじめまして、遥佳と申します。最近郁さんのブログの存在を知り、それからは郁さんの記事が増えるたびに、嬉しく拝読させて頂いています。郁さんの、芸術に関する知識も、そしてそれを表現する力も何と豊かなこと。ご自分の思いをご自分の言葉で表現されて、読む側である私たちをぐいぐい引き込んで下さいます。そして郁さんの記事に触れることにより、とても豊かな心になれるのです。『一人一人ちがったものが生み出されていく不思議さ』・・・ほんと、安心して並びたくなりますね。何だか嬉しくなりました^^
投稿: 遥佳 | 2006/09/21 21:24
●雪月花さん、TBありがとうございます。
樂の展覧会は土曜日に行ってきました。
まだブログを書く時間がないままにすごしています。当代の吉左衛門さんの作品も、歴代の樂と並ぶと、以前、智美術館で受けた印象とはまた違ったものでした。
投稿: 郁 | 2006/09/21 22:37
●遥佳さん、はじめまして。
いつも拙ブログを読んでくださっているとのこと、とても嬉しいです。
NHKがシルクロードの番組を始めたころ、敦煌やキジルの映像を見て仏教美術や東西交流に興味を持ち始めました。すでにそこから三十年以上経ってしまいました。その間、たくさんの美術品を見てきて、心の中に溜まったものが私のブログの種です。どうぞ、これからも、お寄りくださいね。
投稿: 郁 | 2006/09/21 22:52