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伴大納言絵巻の謎

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 昨日午前中は仕事がありました。出たついでに、午後は出光美術館に行ってきました。現在は「開館40周年記念 国宝 伴大納言絵巻展 ―新たな発見、深まる謎―」が開催されています。絵巻は展示期間により、実物と複製の両方がかわるがわる展示されるようですが、今日15日までは上・中・下巻どれも実物が出ていました。その美しい一級品の絵巻を見た興奮も冷めやらぬうち、今朝はまた新日曜美術館で取り上げられていましたので、番組をつい真剣に見てしまいました。

 さらに番組を見る前後には、以前から持っていた高畑勲氏の『十二世紀のアニメーション ―国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるもの―』という本を読み返し、昨日見た出光美術館の解説との違いなどについて、考えたり、絵巻の写真をながめたりしていました。こんなふうに美術に没頭しているときは、現実の憂鬱を忘れられて幸せです。

 絵巻は本当に上手い構成とすばらしい筆で描かれており、ずっと見ていても飽きないものでした。今朝のNHKの番組によると、使われている絵の具も第一級のものであったようで、おそらくは中国からの輸入品だったのではないかと言われていました。確かに、褪せているところはあるものの美しい色が残されており、甲冑の縅(おどし)の部分など、たっぷりとした塗り方で、盛り上がったように見え、今なおきらりとした光沢を感じました。

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 それにしても、この絵巻には謎が多く、絵巻の中に描かれている人物が誰を描いているのか、また、後から切り取られている絵や詞があるのですが、なぜそのようなことが行われたのか、まだまだ解明されていません。『十二世紀のアニメーション』の高畑氏と出光美術館の黒田氏も異なる説を持っていらっしゃり、私たちは、どちらの説が真実なのだろう、と迷いに迷ってしまいます。

 ひとつ、大きな疑問は、866年に起きた応天門炎上事件のことを、なぜ、300年も経ったあと、後白河法皇は絵巻にしようとお考えになったのかです。当代随一の絵師と最上の絵の具を使ってまで描かせたかった、その動機は何だったのでしょうか。今で言えば映画を作るにも匹敵するのではないかと思われる絵巻作成は、どんな目的があったのでしょうか。

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 出光美術館での解説には、この事件の真犯人を指し示し、冤罪で遠流された伴大納言の魂をなぐさめるため、と書いてあり、真犯人である藤原良房の衣服は指で指し示されたせいで色が落ちているとありました。確かに、絵巻の中で、突然訪問を受けたという姿の清和天皇の前に座る藤原良房は、もとは群青の衣をまとっていたらしいのですが、剥落して、緑色に変っています。

 後白河院といえば、源頼朝に「大天狗」と呼ばれたという人物。この人がプロデュースしたとなれば、キナ臭いものも感じますが、謎は深まるばかり。この絵巻の謎については何冊かの本も出ているようなので、こうしたもので謎を追っていくのも楽しそうです。


(写真は、3枚とも美術館で買った絵葉書です。上から、応天門炎上の場面、日本の三大火炎表現のひとつとか。中は応天門炎上の風下にいる庶民たち。下は連行されてゆく主人伴大納言を見送る人たち。)

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コメント

この絵巻にこんな謎があるなんて、いまごろになって知りました。今春にこの美術館で絵巻の一部をみたときは、漠然とみていたので、このように三巻揃って展示されると、新しい発見があります。

●絵巻はなかなか全巻を広げて見せていただけないのですが、今回は見ごたえがありますね。これに続いて、いろいろなものが公開されるといいなぁ、と思っています。

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