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日本人の大切にしたものを見る仏像展

Butuzou

 白洲正子さんの『十一面観音巡礼』を読みながら、東京国立博物館で行われる「仏像 一木にこめられた祈り」展を待っていました。まだ読み終えてはいなかったのですが、先日、同展を見てきました。

 東京メトロの駅などではこの展覧会のポスターが貼ってありますが、それを見ると、多くの仏像があって、私などは少し恐いイメージを受けました。しかし、展覧会場の平成館は静かな雰囲気で、ゆったりと一体一体の仏像と対峙することができ、もし、宗教的な態度で同展にいらっしゃる人がいても、決して失望はしないような気がしました。

 この日は雨天であったこともあるのか、さして混雑もなく、私はそれぞれの仏さまの視線が落ちる場所へ立って正面から御像を見てみました。それは、さして信心のない私でも、やはり緊張することで、思わず心の中に祈りの言葉が浮かんできました。

 展示は檀像からはじまり、唐招提寺の木彫仏へと続きました。中学生のころ、修学旅行でこれらの仏像を見た時には「古いお寺だから、こんなふうに壊れた仏像もたくさんあるんだろうな」と、その素晴しさも感じられずにいました。お寺でも宝蔵のような建物に無造作に並べてあったような記憶もあります。しかし、これら唐招提寺の仏像は、それ以後の日本の木彫仏の原点にある特別なものなのです。昔のことを思い出して、幼いということは本当に困ったものだ、と自分でもおかしくなりました。

 白洲さんの『十一面観音巡礼』の中で、室生寺のことを書かれた部分に、次のような言葉があります。

 「……が、私にいわせればやはり山間の仏で、平野の観音の安らぎはない。両眼をよせ気味に、一点を凝視する表情には、多分に呪術的な暗さがあり、まったく動きのない姿は窮屈な感じさえする。平安初期の精神とは、正しくこうしたものであったに違いない。長年にわたって受けついだ中国文化の影響を、いかにして骨肉化するか、桓武天皇が平安京に遷都し、弘法大師が高野山に籠り伝教大師が叡山を開いたのも、一にそのことにかかっていた。こういう仏像を眺めていると、彼等の祈りの声が聞えて来るような気がする。甘美な天平の夢は醒める時が来た。醒めることの苦悩と、緊張を、この観音は身をもって示していると思う。」
(『十一面観音巡礼』水神の里 より)

 今回、この室生寺の観音像は出展されていませんが、まさに、これと同じ時代の像が並べられており、同様の感想を持ちました。

 これらの、鑑真以降の仏像を見ていると、日本人が大切に思っていたことや、〈聖なるもの〉と感じた何か、というものを理解できる気がします。雷の落ちた大木を使って仏像を作ったり、神木とされた木に仏像を彫ったりしたということからは、日本人の自然に対する畏敬の念、樹木に対して霊性を見る態度が感じられるでしょう。また、いくつかの仏像はインド人やペルシャ人を思わせる風貌をもっており、新しい文化をもたらしてくれる異国人に対して特別な思いがあったことも見てとれます。また、故意にノミ跡の残された関東の仏像を見れば、祈る者の視点が動けばちらちらと像も動いて見える錯覚を、当時の人々が喜んだのだろうと思われます。

 今回の「仏像」展は、そうした、日本人が大切に思ったこと、喜びと感じたものを肌で感じられる展覧会です。私たちは、むろん、こうした仏像を写真で鑑賞することも可能です。しかし、白洲正子さんが、仏像をカメラで撮ることについて
「……が、レンズは精巧になればなる程、そんなあいまいな態度は許さない。汚いものは汚いなりに定着させ、結果として、そこだけ目につく次第となる。(略)人間にとって、そんなことは不可能である。そういう点では、肉眼の方が、はるかにフィクション的といえるであろう。」
(『十一面観音巡礼』水神の里 より)
と語っているとおり、現実に仏像の前に立たなければわからないこともあるように思います。今回のように、展覧会でみることも、本来から言えば甘いことで、本当は白洲さんのように、各地の山や里の寺を訪ねて御堂の中の仏像を拝むことが一番なのですが、なかなかそれも難しいので、甘やかしていただいて、せめて博物館でこれらの仏さまに会いましょう。

 また、私はほとんど初めて見たのですが、円空の仏たちは、なんとも癒す力のあるすばらしいものでした。これもまた、写真で見るよりずっと多くのものを私たちに語りかけてくれるような仏像だと思いました。
 
 渡岸寺の十一面観音にはまだお会いしていません。展示替えで、お出ましになるのを待って、また上野に行こうと思っています。 

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コメント

こんにちは。
あれこれポスターを見て『行きたいなぁ』と思うだけで、なかなか足を運べない私には郁さんのフットワークの軽さは見習わねば・・と思います。
鑑真以降・・ということは、今回は鑑真和上はおいでになっていらっしゃるのでしょうか?(すみません、読解力不足で・・)
中学の教科書でお会いして以来、ずっと好きで、数年前上野でようやくその前に立ったときには、しばし動けない力を感じました。
写真ではつたわらない何かってあるのだと思います。

●こんにちは。
 言葉が足りませんでした。「鑑真以降」と書いたのは、鑑真がもたらした仏像、あるいは、鑑真に近い弟子や工人が造ったり、指導した仏像とそれ以降に造られた仏像、という意味で使いました。 
 今回、鑑真和上の御像はありません。私もあの和上像はまるで生きておられるかのようで、とても感動しました。
「仏像展」に展示されている仏像は、必ずしも均整のとれた美しさを持っているものではありませんが、祈りを受け止めてきたパワーのようなものを感じました。

↑ごめんなさいっ、名前が入ってませんでした_(._.)_失礼しました。
鑑真和上はいらしてないのですね。

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