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仙厓とモーツァルト

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 最近、急にモーツァルトが聞きたくなってCDをかけています。今聞いているのは内田光子さんのピアノソナタ。昨夜仕事帰りに、モーツァルト弾きとして有名なこの方のCDを買い、のんびりした土曜の朝に聞いて幸せを感じています。

 内田光子さんというと、かなり以前の話なのですが、書家の榊莫山氏と一緒に仙厓義梵の良さを語り合っているというテレビ番組をみたことがあります。モーツァルトを弾くピアニストと、前衛的な書を創り出す書家と、江戸時代の禅僧の取り合わせがおもしろく、しかもとてもそれらが何か強い共通点を持っているように思えて、楽しく番組を見ました。

 仙厓義梵は寛延3年(1750)美濃国に生まれ、11歳で得度。32歳で師の月船神慧が亡くなると行脚の途につき、円覚寺をはじめさまざまなところへ出向いたといいます。39歳の時、太室玄昭の勧めで博多の盤谷紹適に謁し、あくる年、聖福寺123世を継ぎ、天保8年(1837)88歳で示寂したという僧です。丸山四条派の画家、斎藤秋圃に学んだともいわれ、禅の画題を飄々とした筆で描くことで人気のある人物でもあります。

 今はなくなってしまったと聞いていますが、昔、この仙厓の軸を私は大森の富岡美術館というところで見ました。日本重化学工業株式会社の初代社長であった富岡重憲氏(1896-1979)の邸の一部を美術館にしたところで、板の間を歩いて文人画や茶道具を見てまわったことを覚えています。そこで見た仙厓の絵が、見ているだけで楽しくなるような明るいもので、禅画といってもこわい達磨の絵だけではないんだな、と思いました。

 モーツァルトを聞きながら仙厓を見ようと思い立ち、富岡美術館の図録を引っ張り出しましたが、館蔵の名品を集めた図録であったので、仙涯の作品は2つしか収載されていませんでした(写真)。でも、特に蝦を取って喜んでいる「蜆子和尚図」の方など、モーツァルトに合っている感じがします。

 この蜆子和尚という人物は中国唐時代の僧侶で、一年中着のみ着のままで昼は川で蝦をとり、夜はお墓にある紙銭の中にもぐって寝ていたという超俗の僧です。賛には、

奚唯蜆蝦 呑却諸佛

とあり、図録の解説によれば、その意味は「毎日殺生戒を犯す破戒僧の内面に、諸仏を呑みこんでしまうような力量を持つ」ということなのだそうです。

 映画『アマデウス』の中に出てくるモーツァルトも、ちょっとこの蜆子和尚に似ています。清濁合わせ呑むというか、俗悪なのか、清廉なのかわからない、という雰囲気が共通しているようにも思えます。もちろん、仙厓その人と蜆子和尚は別の人間ですが、画題として選んでいることを考えると、このあたりに内田光子さんと榊莫山さん、モーツァルトと仙厓の共通した世界が見えてきませんか?

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 以前には小学生のピアノ練習曲のように思っていたモーツァルトのピアノソナタを聴いていると、今では何だか「人生はいろいろあるけど、毎日のそこここに、幸せは見つけられるじゃない。辛いこともあるかもしれないけど、ほら、また毎日の生活がもどって元気になるよ。」と言う声がきこえるような気がします。明るい旋律がふつと途切れて、人生はそんなものなのかも、とも思います。左手が刻むリズムのように、時間だけは平等に進んでいき、それ以上でも以下でもない、というようなイメージもあります。

 仙厓義梵のコレクションは出光美術館にあるそうです。またいつか仙厓の特集をした展覧会にも出会えることを期待しています。
 

(下の写真の軸は『達磨図』。「渡乎一葦 帰乎隻履  東西十萬 雖遐甚邇」 天保甲午十月 前扶桑最初禅窟梵仙厓拝筆  と書かれています。)

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コメント

こんにちは。
内田光子と莫山さんと仙涯・・・不思議でおもしろい組み合わせの妙ですね!
富岡美術館は自宅から徒歩で行ける距離ですが、2,3度行ったっきりでした。
靴を脱いでお宅にお邪魔するような感じが良かったですね。
なくなってしまってほんとうに残念です。(維持していくのって大変なんですね)

●tsukinohaさん こんにちは。
富岡美術館の近くにお住まいとは、すてきですね。
私もそんなに何度も足を運んだわけではないのですが、よい美術館でした。コレクションは早稲田大学の会津八一記念館に入ると聞きましたが、地元の大田区が異議を唱えたとか。どうなったのでしょう?

モーツァルトはミュージカル、サリエリ側からの視点の染五郎さんの舞台、映画等でその生涯を垣間見たことがあります。
切り口によっていろいろな描かれ方をされていますね。
それだけ不可思議な側面を持った生涯だったのでしょうか。
本当のところは、どれなんでしょう・・・

●本当に、謎の人ですよね。
バイオリンの演奏家が書いていた本だったと思いますが「モーツァルトは、神童か、大家の演奏が良い」という文章がありました。何となくわかるような気がします。神童と呼ばれていた自分の子供時代にこだわっていた人だったのでは、と思います。

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