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夢窓疎石の一行と韋駄天像

Gozan


 暑さが和らぎ、ようやく出かけようという気持ちになったので、上野の国立博物館に参りました。気がつくと、「京都五山 禅の文化」展は残り1週間と閉会が迫っていました。もっと早く見るつもりでしたのに、うっかり見過ごしてしまうところでした。

 今回は足利義満六百年御忌記念ということで、別格の南禅寺と天竜寺、相国寺、建仁寺、東福寺、万寿寺という五山の禅寺に関わるものが展示されていました。私は今まで、茶道具以外、室町時代のものをあまりじっくり見たことがなかったので、今日はたっぷり私の美術館賞の空白域を埋めるようなものに出会いました。

 禅といえば僧の肖像画です。こわそうな顔、思慮深そうな顔、案外普通のひとのように見える顔、いろいろな僧侶の肖像画と肖像彫刻がありました。中にはお茶の方で耳にしたことのある禅僧もいらっしゃいました。中でも夢窓疎石はとても有名な禅僧で、一行ものの掛け軸などを見たことがありましたが、今日も「別無工夫」(べつにくふうなし)というすばらしい字の軸が出ていました。

 有馬頼底著『禅と茶』を読むと、夢窓疎石は建治2年(1275)伊勢に生まれ、4歳で父母とともに甲斐へ移ったといいます。6歳の時より、空阿上人に仏教の教えを受け、18歳で南都東大寺の戒壇院で慈観律師から具足戒を受けます。京都建仁寺や鎌倉で修行をし、高峰顕日(こうほうけんにち)から印可を受けて無準師範の法衣を授かって法嗣となります。この法衣というものは今回の展覧会でもいくつか出ていて、それぞれ美しい織物や刺繍の施されたものでした。また、肖像画を見ると師弟関係にある人が同じ法衣を着て描かれていることもあり、禅宗の中では大切なものだとわかりました。

 さて、夢窓疎石のその後は故郷の甲斐へ戻り、那須、美濃、土佐、相模と隠棲していましたがしだいに名声が高まって後醍醐天皇に請われ上洛。南禅寺の第九世住持となります。足利尊氏やその弟である直義(ただよし)の厚い帰依を受け、天龍寺、惠林寺、瑞泉寺、臨川寺を創建するほか、尊氏にすすめて全国六十余州に安国寺と利生塔を創設したといいます。その費用は中国との貿易船、天龍寺船を派遣してその利益で賄ったと言いますから、実業の腕も目を見張るようなものだったのです。展示の中にも勘合貿易に留学経験のある僧侶たちが活躍したという証拠の品として、宋の地図や明に行った僧侶の記録などが出ていました。

 夢窓疎石が輸入した書籍や絵画は今に伝えられ、国宝や重要文化財になっています。これらが五山文化の核となったものと言ってもいいでしょう。こうしてみると、仏教というものは本当にパワーあふれる人たちによって切り開かれてきたのだと改めて思います。 

 観応2年(1351)9月30日、夢窓疎石は77年の生涯を終えますが、一般の者たちに禅を分かりやすく説いた『夢中問答』という片仮名まじりの和文の本も書いたそうで、展示品の「別無工夫」もその中に取り上げられている言葉なのです。「別に工夫などいらない。その事にあたって一生懸命にやる以外、なにもあろうはずはないではないか。」という意味があるそうで、何か、さっぱりと気を楽にして明るく開けた視野をもつことができるような言葉のように感じます。

 とてもすてきな一行でしたので、帰りのミュージアムショップにこの禅語を染め抜いた手ぬぐいを見つけた時には思わず買いそうになりました。でも、手ぬぐいを額に入れて飾れる場所もないので、やめましたが。

 この夢窓疎石の一行の他に、もうひとつ気に入ったものが見つかりました。山口県功山寺の韋駄天立像で、やんちゃな男の子が武具をつけたような様子が心ひかれる木像です。功山寺は創建の頃は長福寺という名で、宗派も曹洞宗でなく、臨済宗の寺であったそうです。山口県というと、当時は日本の表玄関のような位置にあったと思われますから、中国の仏師の手になるのか、それとも中国で修行した日本人の仏師が作ったものなのか、詳しく知りたくなりました。いずれにしても、中央ではなく山口にこのような像があったことがおもしろく、印象に残りました。中央の幕府の力が弱まった時代、日本は地方の時代だったのかもしれません。


(写真は同展のパンフレット。クリックすると大きくなります。、「京都五山 禅の文化」展は9月9日まで。)

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