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敦煌莫高窟千年の美

Dunhuang2

Dunhuang3


 先月の中頃から、NHKのBS放送で「敦煌莫高窟 美の全貌」という番組を楽しんでいます。10分間の短い番組なのですが、敦煌の莫高窟のひとつひとつの石窟を紹介し、そこに置かれている仏像や描かれている壁画を見せてくれます。いつからこの番組があったのかはわからないのですが、最初BSハイビジョンでやっていたものが、現在はBS第2で放送されています。平日の夕方の放送なので録画して見ているのですが、美しい敦煌の石窟を詳しく紹介してくれるし、語りの佐藤浩市さんの雰囲気もすてきで(映画『敦煌』で主役をなさっていましたね)とても楽しみにしています。

 敦煌一帯はすでに新石器時代から人が住んでいたことがわかっていて、初めて史書に表れるのも漢の武帝時代(前140-87)という、古い歴史を持つオアシス都市です。戦国時代から秦(前475-前207)にかけては月氏という民族が住み、漢初には匈奴がそれに取って代わりました。漢の武帝の時になると十数万の漢軍がやってきて匈奴を駆逐したといいます(前129)。漢は黄河の西の地区に河西四郡をおいて、辺境の地にもその力を及ぼします。武威、張掖、酒泉、敦煌のオアシス都市には漢からの開拓民が流れ込み、中華と西域の文化が混じり合うことになりました。

 漢より数百年後の時代になりますが、盛唐の詩人、王維の「元二の安西に使いするを送る」という詩、

 渭城朝雨浥軽塵(渭城の朝雨軽塵をうるおす)
 客舎青青柳色新(客舎 青青として柳色新たなり)
 勧君更尽一杯酒(君に勧む 更に尽くせ 一杯の酒)
 西出陽関無故人(西のかた 陽関を出づれば故人無からん)

 ここにある陽関は敦煌の西南70キロの地でしたし、また、同じく唐の王之渙の「涼州詞」

 黄河遠上白雲間(黄河 遠く上る 白雲の間)
 一片孤城万仭山(一片の孤城 万仭の山)
 羌笛何須怨楊柳(羌笛 何ぞもちいん 楊柳を怨むを)
 春光不度玉門関(春光 わたらず 玉門関)

 この玉門関も西北80キロにあり、敦煌はまさに西端の街であり、西域との国境の街であったのです。

 インドで生まれた仏教は前2年ころにはその経典が前漢へと伝えられたという記録があり、また、今のパキスタンのペシャワールに都があったクシャーン朝の第3代カニシュカ王が作り始めたとされる仏像も100年経たぬ間に中国へと伝播して、江蘇省の中国人が仏像とストゥーパを造って多くの人を集めたといいます。敦煌へはもっと早い時期から仏教が伝えられていたと考えられ、敦煌は古くから仏教聖典の翻訳が行われるところだったようです。

 亀茲国出身の鳩摩羅什は仏典の漢訳に努めた人ですが、そうした経典のひとつ『座禅三昧経』には「初めて禅の修行をする人は、仏像をよく見て、静かなところにかえり、仏の相好を観ぜよ」ということが説いてあるそうです。河西回廊は禅の修行をする場が多く、敦煌もまた、そうした禅の修行場のひとつとして、仏像が荘厳され、静かに観仏と瞑想のできる石窟が作られていったのです。

 それにしても長い歴史です。途中、何度も廃仏の時代をかいくぐりながら、敦煌は千年の間、石窟寺院を増やしていき、修行者を集めます。明の時代には開削はされなかったようですが、その後の清代には修復などが行われたそうです。それどころか今回の番組を見ていると、現在なお仏教信者は祭りの日に集まって敦煌の大仏を礼拝し、その周囲を巡って日々の安寧を祈るそうです。人々の祈りは続くのでしょう。

 実際に観光で訪れても暗い石窟の中では壁画の全体を見ることはかなわないといいます。だとすると、日本の自宅にいるまま、美しい仏像と壁画の細部を鑑賞できる今回の番組は、本当にありがたいものです。この敦煌の石窟が、この前東京国立博物館で見たバーチャルリアリティーの映像などにしてもらえたらさらに嬉しいのですが、まだそのような計画はないのでしょうか?

(写真は「砂漠の美術館―永遠なる敦煌」展1996-97 図録と「敦煌美術展」2001―2002 図録の表紙です)

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