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能・砧をみて

Koufukujino


 友人と能を観に参りました。6月の友枝さんの「邯鄲」からひと月ちょっと空いた後、同じ国立能楽堂で能を観る事になりました。実は「邯鄲」のあくる日にあった浅見真州さんの能は観ることができなかったので、他の公演はないかしら、と探してチケットを手に入れたものでした。今回は奈良・興福寺の勧進能というもので、以前から娘さんたちと能・狂言を楽しんでいる、と聞いていた友人に連絡を取り、土曜の夕方の能を観にいくことにしたのです。

 演目は「砧」。企業戦士として多くの出張をこなし、退社後もほとんど会議の続きのような飲み会に時間を取られ、土日の休みさえもまた家庭の人としてよりは月曜日からの仕事の準備に時間を使ってしまう夫たちをもつわれわれには、あまりに現実的ともいえる演目でした。

 この日の会は2部あり、1部では「蟹山伏」と「天鼓」が演じられ、私たちが観た第2部では狂言「成上り」と能「砧」が演じられました。それぞれの最初には「お話」があり、第2部では芸術院会員の歌人である馬場あき子さんが「砧」の解説をしてくださいました。

 この世阿弥の作品の言葉がとても美しく、言葉が連想ゲームのようにつらつらと重なっている、ということなどをお話くださいました。「今の砧の声添えて、君がそなたに吹けや風」という部分を繰り返し読まれて、現代ではこのような気持ちになる人がいるでしょうか、というようなことをおっしゃっていました。

 砧を打つ、というのは秋に布の目を密にしたり光沢を出すために、衣を木の槌で打つことを言うのですが、漢の故事に、蘇武という人が匈奴につかまり帰って来られなかった時、その妻が砧を打ってその帰郷を願うと、その思いが通じて蘇武の耳に届いた、というものがあります。日本でもこの故事が広まって、歌や画題に「砧」が取り上げられ、その背景に遠くにいる夫を想う妻の思いというものが隠されます。

 能の「砧」では、最初地味ないでたちの妻が出、後場では亡くなってその妄念のゆえに地獄に落ちてしまった幽霊の妻が出てきました。前場の面は曲見か深井というものが使われるそうですが、疲れてはいてもまだどこかに温かみの残るような面でした。幽霊となってからは痩女という凄味のある面だったと思われますが、見る角度によっては美しくも見えて、不思議でした。どちらにしてもひとつの思いに捉えられてしまった苦しみの表情をしていて、見ている私たちも、ある意味では鏡をみているような思いもあり、せめて衣装だけでも、もう少し明るくしてくれたらいいのに、とシテに同情を寄せてしまいました。

舞台では砧の作り物が正面に置かれ、シテとツレの二人の女がその前に座って砧を打つ仕草をしますが、全体に静かな動きで、私の印象としては肘を張って掌を自分の面に向け、泣く場面がたくさんあったように感じました。その動きは夫の暮らしを思い遣るというよりは、自分の辛さ、悲しさにばかりスポットライトを当ててしまっているようにも思えました。内向きにのみ気持ちが高まってしまった様子が表されているのかもしれません。

馬場あき子さんは前場の美しい失恋をよく見ていただきたい、とおっしゃったように思いますが、言葉では美しいこの場面も、私の修行が足りないせいもあり、私にはただただ辛い場面に感じられました。どこかで見た「砧を打つ女」という画題の絵の中には美しいと思える妻の像もあったような記憶がありますが、能の世界ではむしろ、地獄に落ちる妄念に囚われた女性という、仏教的な解釈の方が勝っているのかもしれない、と思いました。

 世阿弥はこの能について、後の世には理解する人もいなくなってしまうだろう、と述べたと伝えられているそうですが、人間の魂の孤独なありようであるとか、あるいは相手に対する思いを増幅させ、自分でもコントロールのできなくなるような人の感情、というものをテーマにした「砧」は意外にも現代に通じる題材ではなかったかと考えました。「砧」のシテは、夫が念珠をとり、法華経を唱えた途端、あっけないように成仏していきます。夫につめよったシテが両手で大きく輪を作る動作を見て、幽霊となった妻の心に平安が訪れたとわかりました。しかしこれがお経でなくとも、愛する人の一言で、それまでの恨みを氷解させ、我に帰れることはあるかと思います。

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