作り手の満足感をみる陶俑
出光美術館に寄って参りました。陽の落ちていく時間、ゆっくりと古代中国の人形を見て、当時の人々の暮らしに思いを馳せてみました。
展示の最初にあったのは漢の時代の灰陶加彩といわれる人形で、人物の他にも牛、鴨、猪、馬などの像がありました。「緑釉鴨池」と名付けられた作品は四角いプールのような池に鴨が泳いだり、周囲にあそんだりする様子を形にしたものでしたが、のんびりした気分の中にも少々騒がしい鴨たちの動きが表現されているように思いました。作った人はきっと鴨池のそばで幾度となく鳥を眺めていたことがあるのでしょう。暢気な鴨をかわいいと思ったのでしょうか。それとも、肥っておいしそうだ、と思ったのでしょうか?
猪の像は、すばらしい窯変で、金属のような輝きをもっていました。陶俑に釉薬をかけることが始まったのは前漢時代の末期だということですが、この後漢の「緑釉猪」はその釉薬の効果が見事に表れていると思いました。また、形も力強く、リアルというのではないけれど、作り手の印象が表現されていて、返って写実的に作られたものよりこちらの胸に響いてくるような気がしました。
唐三彩の中では、45センチの大きな女子像や、ポスターとなっていた笛を持つ女子像が美しいものでした。大きな像の方は衣の上着部分が緑釉で裳の部分が褐色の釉薬となっていましたが、釉薬の流れがちょうど薄い絹を表現したように女性の柔らかな体にまとわりついて、腰のあたりから太腿にかけて透けて見えるかのような様子になっていました。顔は美しいというよりは、むしろ立派な家の賢い女性を思わせるものでしたが、当時の美人の約束どおり、ふっくらしたピンクの頬をしています。
ポスターとなっていた笛を持って座る楽人は顔も美しく、楚々とした雰囲気の人形です。きれいに化粧をした白い顔と高く結いあげた髪が当時の美人を想像させてくれます。楽人たちの像は他にもたくさんありましたが、この笛を持つ女性が一番の美しさでした。陶俑というものが死後の世界のために墓所に置いておくものということを考えると、死後も美しい音楽、楽しい調べを聴いて穏やかに過ごしてほしいと思うのは自然です。楽人の像がいくつもあるのも頷けます。
今回の展覧会は、何か、作り手の満足感が見えるかのような気がしてなりませんでした。身近な生活のひとこまを小さな人形にして、作り手は自らの暮らすこの世の美しさや面白さを発見したのではないかと思います。死者のために作られた人形が生活の満足感を確認するものであることは少し逆説的ですが、良い毎日の暮らしがあってこそ、死後もまた満ち足りたものになっていくということかもしれません。そのように難しいことを考えなくても、何か、粘土細工を作り上げた後、それを眺めている作り手の満足しきった様子が感じられる展覧会でした。そして、その満足感は私のこともほっと安心させてくれる力を持っていたと思います。
(写真は同展の図録表紙です。)
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コメント
作り手がアーカイブ(圧縮)した情感が
それを‘読み取れる人’によって
時空を越えて転送され展開される~~~
というのは、
作り手にとっても最高の喜びではないかと思います。
そして、
ひとつの作品を通して、その頃の作り手の
思いが伝わる~とは。
素晴らしい瞬間ですね。
そういう瞬間を求めて、
また私も美術館ご一緒させてください。
投稿: ロッキングチェア | 2009/09/06 09:43
●ロッキングチェアさん
こんばんは。今まであまりお人形には興味がなかったのですが、今回はじっくりと展示品と向かい合ってみました。またどこかに見に行きましょうね!
投稿: 郁 | 2009/09/07 19:03