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大きな松の木の下の幸せ

touhaku

 久しぶりに東京国立博物館に行きました。「長谷川等伯 没後400年特別展」や本館のいくつか気になるものを見て参りました。
 「長谷川等伯 没後400年特別展」は3月22日までとあって、30分待ちです、と言われながら列に並びました。実際にはそれほどの時間はかからずに中に入れました。

 陳列の最初は十二天の仏画から始まりました。石川や富山の寺院に残る等伯の仏画が続きました。絵の具も濃く、金の色も多い、力を持つ人たちが描かせた仏画に見えました。次のコーナーでは京都の狩野派の画題によく取り上げられるという「春耕図」がありました。農夫がふたり描かれ、ひとりは小川の中に、もうひとりはその岸辺にいて、何か作業をしているような絵でした。描いているものはお百姓ですが、どこか品の良い感じがしました。練習として模写したのでしょうか? それとも同じ画題で自分ならどう描こうかと工夫しながら描いたのでしょうか? 京都に出て、中国の水墨画を見たり、狩野派の作品をみる中で、等伯は自らの方向をどのように考えたのでしょう。

 進んでいくと、元は大徳寺の塔頭寺院・三玄院にあったという襖絵。絵を描かせてくれるよう懇願していたにもかかわらず、春屋宗園に断られたため、その留守中に一気に描いたというエピソードを持つ山水の襖絵はいかにも日本人の水墨画という感じを受けました。美しいもので、小さく描かれた人物も愛らしくみえました。

 有名な利休の肖像画や中国の故事に題材を取った屏風や襖を見ながら進むと、智積院の大きな障壁画「松に秋草図屏風」がありました。展示は、ちょうど座敷で座った高さに目の位置がくるような少し高めの位置に展示され、大きな松の木の下に温かく迎え入れられたような錯覚を起こしました。秀吉の子鶴松が3歳で亡くなり、その菩提を弔うために建てたという祥雲寺(今の智積院)にあった画だと説明を読んで、等伯という人の心や信仰というものがこの絵にも現れているような気がしました。

 展示の最後には国宝の「松林図」がありましたが、この絵は等伯自身、将来を嘱望されていた25歳の長男・久蔵を亡くした後に描かれたと聞いたことがあります。海上から見た七尾の松ではないか、という番組も見ました。その絵を見ると、現れたかと思うとまた霧に隠される松の木が、何か到達点を失った人生を表象しているようにも感じ、晩年の等伯の心情が思いやられました。掴んだと思いきや、次の瞬間にはおぼろげに消えていく人生の何ものか。私にはむしろ、人の気持ちを思い遣って描いたと思われる大きな松の絵の方が、幸福感の感じられる、側にいたい絵でした。
 

(写真は会場で求めた「松林図」の絵葉書。長3の大きさなのが、嬉しい。)

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コメント

「現れたかと思うとまた霧に隠される松の木が、何か到達点を失った人生を表象しているようにも感じ、晩年の等伯の心情が思いやられました。」
実際見ていないので解りませんが、"松の木"の絵から、この表現を感じるとは奥深いものですね~paper

●昔、山に登ったりすると、いろんな景色をみたでしょう。霧の流れるのをみたり、深い霧の中をゆっくりドライブしたり…。そういう時のことを思い出したんです。いろんな景色をみることって、案外人生観とかに影響があるような気がします。ちょっと、オーバーだけど
mistmistcarmistmist

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