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北斉の石碑にみつけた微笑

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 上海博物館に行って参りました。ゆっくり見る時間はなかったので、仏像(中国古代彫塑館)の部屋や陶磁器、絵画の部屋を見てまわるだけにして、他の青銅器や印璽、書、玉、漆器のところはまたの機会に行くことにしました。

 博物館は新しく、中国の中でも最大の収蔵物数を有しているということです。設備も最新式で、絵画の部屋では、暗い中を絵の前に進んでいくと突然明るい照明がついて、細やかな筆致で描かれた絵画が美しく浮かび上がり、驚きました。スポットライトの中に広がる絵の世界との出会いは絵と対峙するという感じで、劇的。観る者に高揚感を与えてくれるような仕掛けです。

 陶磁器の部屋は中国歴代のものが古い順に並べられていたのですが、誤って出口の新しい時代から入ってしまったようで、すぐに清朝のきらびやかな陶磁器の前に出ました。そこでは、桃と蝙蝠をデザインした粉彩の瓶が美しく、見とれてしまいました。景徳鎮で作られたもので、この粉彩という技法は康熙帝の晩期に始まり、雍正帝の頃盛んになったといいます。黄緑色からピンク色へと変化する頃の桃の実が描かれ、なんとも中国的です。よく見ると桃の花や蕾もともに描かれ、リアルではないのですが、現実以上の真実というか、私たちの理想の桃のようす、とでもいう絵が滑らかな白い肌の上にすっきりと描かれていました。

 一番時間をかけて見たのは、1階の彫塑の部屋です。戦国時代、秦漢帝国の時代の頃の傭にはじまり、各時代の仏像が並んでいました。北魏の金銅仏の衣が法隆寺の飛鳥時代の仏像と同じように左右に広がっていて、わが国に来た仏像のかたちの上流にこれらの仏像があったのだな、と改めて感じました。

 隋時代の阿弥陀仏三尊銅像は長方形の台(23.8×32.8)の上に中央の蓮華座の阿弥陀如来、脇侍の二菩薩、供養者の男女の像、二獅子が載っているいわば金銅仏セットですが、その菩薩像はほっそりしていて、法隆寺の百済観音を思い起こさせました。この前の時代も唐時代から後の時代も、どちらかといえば豊満な肉体を持つ仏像が多い中、隋の頃だけは好みが異なっていたのでしょうか?

 最もすてきだと思ったのは北斉時代の仏像石碑(馬仕悦造仏像石碑)でした。下の部分が斜めに欠けてしまっている石碑は97センチほどの高さで、下段には台座に座る如来と二僧と二菩薩、上段には侏儒に足を支えられた椅像の弥勒と脇に立つ二菩薩が細い龕の中に彫られています。この弥勒さまと二菩薩の微笑みがすばらしく、とても優しげな表情をしていらっしゃいました。石を彫ってこのような像を造った人々の技術は素晴らしいものだったのだろうと思いました。ちなみに、この博物館は大抵の陳列物は撮影することができるので、私はこの彫塑館の仏像を撮影してまわりましたが、この石碑は一枚だけでなく、この上段の弥勒三尊像をアップでもう一枚撮りました。(写真)


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 この馬仕悦造仏像石碑の上段は不思議な波のような文様が彫られていました。まるで青銅器の饕餮文(とうてつもん)のようなグリグリした雰囲気の文様です。山が重なり、そこから龍か大蛇が頭を下ろして周囲を守っているようにも見えますし、気が渦を巻きながら上昇しているようすにも見えます。一体、何が表されているのでしょう? 何にしても、中国的な感じで、同じ仏像を祭るにもやはりご当地ならではの荘厳がなされているのかもしれませんね。

 この彫塑館で面白いと感じたのは、唐時代の仏像が若干太めのものが多く、日本での唐の印象と違っていたことです。また、遼時代の金色のボディサットバー像など、日本では見たことのない像にも出会えました。宋代の彫塑では仏像よりもむしろ阿難・迦葉に興味がわきました。時代が下ると仏像に圧倒的なパワーが感じられなくなるのは日本も中国も同じなのでしょうか。どうしてなのでしょうね?


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