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宇宙の地図を確かめる

Kukai


 「空海と密教美術展」を観に行きました。国宝・重要文化財率98.9%と宣伝されている展覧会です。

 唐に渡った空海は20年分ほどもあった留学費を2年で使い、当時の最先端の密教に関わる仏像仏具、経典、調度品など多くのものを日本に持ち帰ったといいます。なるほど、当時の日本人はこうした憤怒の仏像や、精緻な技で作られた仏具・調度品をみて、度胆をぬかれたにちがいありません。しかも、帰ってから賜った東寺には曼荼羅の世界を立体化したような仏像群を祀り、それまでにはなかった仏の世界を現出させたのですから、その偉大さはみんなが納得したと思います。

 今回、注目したのは曼荼羅です。胎蔵界と金剛界という2つの曼荼羅は須弥壇の両脇にかけられて、仏教世界の壮大な地図の役割をするということです。そうした曼荼羅が今回いくつかでていました。

 空海は唐から帰ったのち、しばらく神護寺に籠ったと伝えられていますが、私の行った時には、その神護寺から9世紀の高尾曼荼羅、また東寺からは、同じく9世紀の西院曼荼羅が出ていました。

 高尾曼荼羅は傷みがひどく、近づいて一生懸命見ました。それでも、千年以上を経てもこのように大切に残されていることはとてもありがたいことだと感謝したい気持ちになりました。本の中で、現存最古の曼荼羅と読んだことがあり、いつか拝見したいと思っていたので、今回目にできて嬉しい気持ちになりました。

 伝来の詳細はわからないものだということですが、そののびやかな表現は奈良時代の東大寺周辺の画師がかかわって、空海の指導のもとに作られたものではないかとみられているようです。花と鳳凰文様の紫の綾生地に金銀泥で描かれたその線描は消えかかってはいますが、今でも完成時の美しさを思わせる素晴らしいものに見えました。

 もうひとつの西院曼荼羅は東寺の西院にあったので、この名がついていますが、宮中の真言院で行われていた後七日御修法(ごしちにちみしほ)で用いられていたと伝えられることから、以前は「伝真言院曼荼羅」と呼ばれていたそうです。こちらは彩色された曼荼羅の中で最古のもの。1988年に求めた『曼荼羅のみかた―パターン認識』(岩波書店 石田尚豊・著)という本では表紙になり、本文のなかでも詳しく解説されています。今回修復を終えての展示だったのか、非常に美しい色に圧倒されます。ウエストの細い、赤い隈取りのある身体を持つ仏様がそれぞれの儀軌に従って描かれています。

 空海は「虚しく往きて実ちて帰る」という言葉を残しているそうですが、確かにこれらのような両界曼荼羅を目にして、仏の世界の宇宙地図を見るような気持ちになったのではないかと思われます。飛鳥時代から日本に取り入れられた仏教も、空海の出現でその全体像を捉えたように感じられたのではないでしょうか。空海その人も、唐の寺院でビジュアルに訴える仏の世界を観て、これを日本に早く持って帰りたいと考えたのではないかと思います。

 密教の難しい教義についてはわかりませんが、人と人との関わりの中でも、相手の宇宙の中で自分の位置がわかるということはとても大切なことのように思います。それがわかれば、理解したり、愛したりということができるようになるような気もします。長安青龍寺の恵果のもとで、大悲胎蔵の学法灌頂、金剛界の灌頂を受け、胎蔵界・金剛界のいずれの灌頂においても空海の投じた花は曼荼羅の大日如来の上へ落ち、両部(両界)の大日如来と結縁した、と伝えられる彼は、きっと自分が宇宙の中心にいることを確信したにちがいありません。

 私のような悟りから遠い者にとっては、宇宙の真ん中に自分がいるなどと感じられることはありませんが、それでも、西院曼荼羅の美しい絵をみていると、細分化されていくなかに、どなたか自分を救ってくださるような仏様がみつかるのではないかという期待を寄せてしまいます。『曼荼羅のみかた』を見ると、胎蔵界曼荼羅は中心の八葉蓮華から外へ外へと花びらが開くようにゆったり広がっていくもので、金剛界曼荼羅は浮動している心を集中させ、凝集していき、中心の大日如来の智拳印に結ばれていく、というようなことが書いてありました。

 それぞれの仏様はちがった性格を持ち、たとえば明恵上人が母と慕って祈っていた仏眼仏母菩薩は胎蔵界の遍知院という場所で知恵を表す三角の左にいらして、「つい知らずにかけているおのが煩悩の色眼鏡を焼き払って観うる眼」を見開かせ、「つぎつぎにその仏眼を開かせていく作用には母なる徳がある」ところから、その名がついたといいます。また、中台八葉院の蓮華の下には持明院という場所があり、そこには断乎として魔を断ち切る武具や剣をもつ憤怒の形相の仏様が並んでいます。「貪り、怒り、おろかという、最も強力な煩悩に狂った」衆生を救うために、般若菩薩を中心に、降三世明王、勝三世明王、大威徳明王、不動明王が「悪人を起死回生させる」ために陀羅尼を唱えて怒りの表情で強圧しているのだそうです。

 そのように聞くと、曼荼羅とは私たちのさまざまな悩みや煩悩にオーダーメイドの処方箋を送ってくれる装置のようにも思えます。時に優しく諭され、時に厳しく叱られることが、人をまっとうなものにしてくれるのでしょうか。曼荼羅と向き合うことで、自分の心に向き合うことが必要なのかもしれません。

今回は展示替えも多く、もう一度、訪ねられればよいのですが、行けるでしょうか。


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コメント

鴎友学園同窓生です。
同じクラスになったことは無いのですが…
『空海と密教美術展』興味はあったのですが、上野まで出掛けるのが億劫で…
郁子さんの造詣の深さに感心しました。

増原さん

拙ブログをお読みくださって、ありがとうございます。工芸品や仏像、東洋の絵画など見るのが好きで、美術館や博物館に出かけては勝手なことを書いています。

上野は今、博物館の周囲が工事中ですね。早くきれいになるといいなと思っています。

秋はいろいろな展覧会があって楽しいのですが、なかなか出かけられません。隙間の時間で行けるときに行くようにはしているのですが。

ときどきは更新しますので、これからもどうぞお立ち寄りくださいね。

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