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プラナカン文化の花々をみる

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 シンガポールに行ってきました。人生で、一番南に行き、赤道直下の太陽を眺め、歩いてきました。

 東京にしても、北京でも上海でも、ソウルでも都市というものはたくさんの外国人が暮らし、さまざまな人種の人がいて、いろいろな文化が入り混じるところですが、シンガポールは特にそういう国際的な雰囲気のある街だと感じました。
 この国では人種がちがっても「外国人」とは限りません。2010年の資料では、中国系75%、マレー系14%、インド系9%、その他2.1%という人口構成を持つシンガポールは、最初から国際都市なのです。1826年からは英国植民地、1959年には英連邦内自治国、1963年マレーシア連邦の結成に参加、1965年独立という歴史を持ち、欧米人も古くから関わってきた国です。
 ちょうど、私が行った時は8月9日の建国記念日に向けてイベントの行われていた週で、高層マンションのベランダには赤と白のシンガポール国旗が飾られ、街のあちらこちらに建国46年を祝うポスターや幟が見られました。7月30日にはソフトバンクのCMに登場するマリーナ・ベイ・サンズとシティの間にあるマリーナ湾やその周辺で花火や子供たちのコーラス、軍隊の行進などがありました。花火が高層ビルのガラス面に映り、ベイ・サンズ・ホテルとシティ側と双方から青いレーザーでのイルミネーションがあり、本当にお祭り気分で多くの人が海からの風に吹かれながらイベントを楽しんでいました。

 東京23区ほどの大きさしかないという国ですが、コロニアル様式の建築物、インド人街のヒンズー寺院、チャイナタウンのお寺や道観、イスラム系の街のモスク、もちろん普通のオフィスビル群もある街に、ターバンを巻いた男性やイスラム風の帽子をかぶる男性、ブブカですっぽり身体を覆う女性、また簡単なスカーフで髪を隠したイスラム系の食品売り場の小母さんたち、大きなお腹をゆらしながらジョギングする白人男性、バーで歌うフィリピン系の女の子、ビジネス街のスレンダーな中国系の女の子、仲間とおしゃべりしながら作業をする中国系の男の子、子供連れで友人とお茶を楽しむ日本人の女性たち、そして、さまざまな国からの観光客……。私は千年以上昔の唐の長安はこのような街だったのではないか、と思ってしまいました。いろいろな文化や背景をもった人々が集まって街をつくって、お互いにその文化に干渉せず、認め合って、尊重しているようなところです。

 このところ、ロンドンでの暴動がニュースで伝えられていますが、多くの人種を抱える社会がひとたび不景気などの問題に直面するとあのような事態が起こることがあります。その同じ条件をもちながら、今のシンガポールは経済的に強くなることでそうした悪い方向に向かう力をそいでいるのでしょうか。罰金が厳しいことで知られるように、ルールのもとでみんなの平等を確保しているのでしょうか。

 さて、シンガポールの美術ということで探したのはプラナカン博物館です。プラナカンというのは主に中国福建省から来た人とマレー系の人が結婚して生まれた文化をいうそうです。マラッカ、ペナン、シンガポールで海商として活動し、その財を築いたマレー半島のセレブリティのこととも、本には書いてありました。プラナカンとは「この土地で生まれた子」という意味だそうで、その男性をババ、女性をニョニャといいます。


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 プラナカン博物館では彼らの結婚式、葬祭、衣服、家具、食器などを紹介しています。ちょうど日本人のガイドさんが説明をしてくださる時間帯だったので、ゆっくりお話を伺いながら3階までのフロアを巡りました。

 いちばん目を奪われたのはビーズ刺繍でした。プラナカンの女性・ニョニャは結婚前さまざまな手芸を覚えるのだそうですが、なかでもビーズ刺繍が重要で、新郎に贈るスリッパが上手に刺繍できているかどうかで、女性の評価が決まったといいます。展示にはスリッパだけでなく、小さなポーチ、テーブルを飾った大きなカバーなどいろいろありました。

 ビーズの刺繍があまりにすてきなので、ビデオ展示に登場するビビさんのお店にも行ってみました。小さなお店にはクバヤと呼ばれる女性の美しい上着や巻きスカートにするバティックのサロン、それに手作りのお菓子も売っていました。旅の楽しみというか、浮かれ心というのか、パーティー用など、さして必要なこともないのですが、ついビーズの靴を買ってしまいました。

 それでも、博物館のガイドさんのお話では、非常に細かいビーズ刺繍は数か月かかってようやく出来上がる手の混んだもの。しかも、靴自体が傷んでも修理してもらえば、刺繍の部分は長く使えると聞いていたので、母子で使えばよいのではないか、と自分に言い訳しながら、試し履きしていました。

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 もうひとつ、心に残った展示物はパッチワークのガーメント。それは海商のボスが権力の象徴としてまとったものだそうで、たくさんの地域から集められたバティックで作られていました。自分の支配する地域の布を集めてそれを身につけることで、力をあらわしたといいます。

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 このプラナカン博物館を観ると、文化の融合とはいいものだと感じます。福建の陶器の形に南国好みのかわいらしいパステルカラーの釉薬がかかり、ヨーロッパ風の文様がジャワの更紗にのせられる。異なるものから新しい美しさが生まれる楽しさを実感しました。東京もシンガポールのように、現代版の長安城をめざして、美しく楽しい国際都市にますます近づいてくれるといいな、と思います。


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(写真は上から、プラナカン博物館外観1、2、RumaBebeで買ったビーズのハイヒール、ボスの着ていたパッチワークのガーメント、博物館の階段にある陶磁器の巨大イミテーション飾り)

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