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さても めでたき武人の茶碗

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東京銀座の松屋で、「上田宗箇 ―生誕四五〇年記念 武将茶人の世界展」をみて参りました。信長や秀吉に仕え、後には家康や秀忠からも信任されたという戦国武将、上田宗箇の名は茶道関係の本のどこかで見ていたものの、あまりよく知らずにおりましたが、今回のゆかりの品々をみて、このような人物に会いたいものだ、と思うほど好きになりました。

 会場を入るとすぐ、赤い陣羽織が目に入ります。その立浪の文様の一部は焦げて黒くなっており、大阪夏の陣で着用していたという説明がありました。さらに進むと、鎧と兜。実際に戦争の折に使われたものなのでしょうが、なんとも美しいものでした。無骨さはなく、洗練されたスピード感のようなものを感じました。常に一番槍を目指したという宗箇の霊がまだ宿っているのでしょうか。

 最も惹きつけられたのは、「さても」と名付けられた宗箇自作の茶碗です。赤楽、というのですが、色はグレイ、正面のあたりは臙脂色のふしぎな色の茶碗です。大きな箆ですっくと切り取られた形状がなんとも潔く、センスがよく、息をのむ素晴らしい茶碗です。図録の中で、東京国立博物館学芸研究部長の伊藤嘉章氏は「この茶碗は、手の中で回すと、ぴたりと納まる所があった。」という感想を語られていて、姿の美しさだけでない、本当によい茶碗だとわかります。ちなみに、銘の「さても」はこの茶碗を二代重政に授けた時、「さても目出度し」と言ったことからつけられたそうです。

 このような高潔な印象のものをつくりだす人とは、どのような生き方をした人物なのでしょうか? 宗箇の作った茶碗も茶杓も茶入も竹花入れも、共通した美しさを持っているように感じます。単に、茶碗の好みはどうとか、茶入の形がどうとか、ということではない、もっと本質的な何かがこれらすべての宗箇の作品を支えているように思えました。

 そうだとすると、何かを作り出すということに人間が現れるということで、それは面白いことでもあり、おそろしいことでもあります。

 「さても」の臙脂色の宝石のような輝きは残念ながら写真をみてもありません。展示の照明が美しく見せてくれたのかもしれませんが、茶席の一場面でこのようなぬめりとした美しい肌の茶碗を手にしたら、本当に一期一会の尊さを感じるのだろうな、と想像しました。

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