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清明上河図にみる思い出の遺し方

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 上野の国立博物館に北京故宮博物院の「清明上河図」を観に行きました。日中国交正常化40周年・特別展「北京故宮博物院200選」展です。平日の午後ゆっくり出かけ、一般の展示品はすぐに観て回れましたが「清明上河図」だけは120分待ちの列に並ぶこととなりました。実際には1時間半程度で画巻に辿りつきましたが、「神品・清明上河図」は、やはりそう簡単に見られるものではありませんでした。

 この画巻が制作された経緯については謎に包まれているということですが、一説には異民族に捕われた徽宗皇帝のために、都の様子を絵にして届けたとも言われているそうです。
 徽宗皇帝というと、私は国宝の桃鳩図の作者ということを連想してしまうのですが、芸術を愛し、道教の風水に凝って中国全土から奇岩をあつめたりしたという風流天子、という人だといいます。皇帝でなければ、あのような絵を描く才能は高く評価され、その名が残ったのかもしれませんが、本来取り組むべき政治の分野での失敗が大きく、残念な評価になっています。

 画巻は幅24センチほど、長さも5メートルほどのものでした。でもそこに、宋の都であった開封の様子が非常に細やかな筆で描かれています。春の清明節の頃の街の賑わいが描かれる風俗画です。街道を馬に荷を載せて行く者、河で洗濯をする女、屋台を出して商いをする者、大きな船を操る人々、それを橋の上から見る者、小さな橋から魚を観る者、占いをするもの、薬屋で相談する女、大きな酒家で仲間と楽しむ者、駱駝を連れて歩く者、知り合いと立ち話をする者……本当にさまざまな人々がいます。

 ただ、この開封という都市はその後、蒙古軍に囲まれ、籠城させられるという事件が起こります。李東垣(りとうえん)という当時の有名な医師は、その籠城とその後の開封で起こった凄惨な状況を伝えていて、日に二千人、少なくとも一日に千人を下らない人々が遺体となって城市の2つの門から運び出された、とその本に書いています。籠城というストレスとその後の暴飲暴食、そしてそれを誤った治療法で手当てした結果、多くの人が亡くなったというのです。

 冷静に考えてみると、政府の力が弱まって外国勢力が国境を侵しているという状況下では、人々の暮らしは活気があったとしても混乱した状態ではなかったでしょうか? いろいろな人が入り込み、役人の監視が弱まって弱肉強食の街になっていたかもしれません。

 それでも、「清明上河図」には人々の生き生きとして平安な生活が描かれています。この画巻の最後は突然終わっており、本来はまだ続きがあったように見えます。これもまた謎のひとつです。戦争と病気の流行で画巻がふと途切れるように人々の楽しい暮らしも壊されてしまったのでしょうか。

画巻がいつ描かれたのかわかりませんが、楽しい都市の暮らしの思い出を、その明るい面だけに注目して遺したようにも思います。しかし、人が生きていくには思い出を美しい、楽しいものにすることは大切なことです。もちろん、正確な記録を取ることも時に必要だとは思いますが、自分の生きてきた日々が楽しいものであったと思えることはこれから生きていくために、大きな支えになるように思います。「清明上河図」は庶民の暮らしの楽しさを描いているからこそ、今でも多くの普通の人々にとって魅力的に思えるのではないでしょうか。

東日本大震災の記憶も今、いろいろな形でのこされています。災害を忘れないことも大事だと思います。でも、人々が立ち直っていくには、かつてあった楽しい生活を記憶にしっかりとどめておくことも重要に思います。個人の思い出も、また同じかもしれません。歴史の見方と同様に、人生を振り返って、いろいろな捉え方ができますが、悲観的になることなく、前に向かうためにはよいことだけを記憶にとどめるということをした方がいいのかという気分になりました。中国の古い画巻をみながら、そのようなことを考えました。


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(写真は同展のちらし)

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