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宋代と北魏時代の磚塔

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 今回の旅行では、初めて間近に磚塔というものを見ることができました。最初は2日目の開封の街で、祐国寺塔です。この塔は中国内でも最大の瑠璃塔で、褐色の焼き物でできているために遠目には鉄のように見えます。それで、一般には鉄塔と呼ばれており、この塔のある場所も、鉄塔公園といいます。

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 河南博物館で買い求めた『河南文化遺産』という図録によれば、祐国寺塔は宋の神宗熙寧年間(1068-1077)に落成したと推定されていて、最初の名を霊感塔といったそうです。ピサの斜塔のようにちょっと傾いていますが、宋代のきっちりした真面目な雰囲気の細い八角塔でした。

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 ガイドの羅さんの説明では、黄河の氾濫で開封の街が水害に見舞われた折、この塔にも土砂が押し寄せたため、実際には基壇部分は埋まっているそうで、その形が少し心もとなく感じられるのは、そのせいだ、ということでした。実際の塔の姿は大相国寺の中に小さな模型があり、在りし日の本当の姿を伝えていました。

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 鉄塔の磚には瓔珞のような模様、仏の坐像、菩薩、飛天、僧侶、供養人、楽人、獅子、蓮華、唐草などがレリーフのように描かれていて、軒や瓦にあたる部分も同じように焼き物で作られています。先ほどの図録には、他にも雲龍、降龍、双龍、麒麟、牡丹、芍薬があると書いてありました。

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 八角の軒の先には小さな風鐸がつけられていました。ほとんどは壊れていましたが、いくつか残っているものが、暑さの中、涼しい音色を上からふりそそいでくれていました。涼しい季節で時間があるなら、塔に上るのですが、今回は諦めました。てっぺんまで上って降りると40分ほどかかる、と言っていたと思います。意外と時間がかかるのは、内部が狭いためでしょうか? 55メートルもの塔だからでしょうか?

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 次に見たのは3日目、登封にある嵩山です。嵩山には多くの寺があるのですが、その中でも古い歴史をもつ、北魏時代に創建された嵩岳寺の塔です。寺は北魏の宣武帝の離宮であったところに、永平2年(509)年に創建され、520年頃には僧侶が700人もいる大きな寺となり、523年に仏塔が建てられたということです。

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 静かな参道を登っていくと明るいベージュ色の塔がありました。十二角形で作られているというその形はゆるやかな放物線を描いて先端が細くなり、日本の木造の塔とはまた異なる美しさがありました。もともとは内部には木製の木組みがあったのが、火事によって失われているということでした。丸みを帯びた外形は少しインド的なのかしら、とも思いました。こちらの高さは約37メートルでした。

 この美しい形を現代建築に残そうということで、黒川紀章氏は鄭州市のホテルにこの姿を再現したそうで、現在工事中の建物は、確かに北魏の塔と似ていました。
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 そのほかにも、嵩山を巡るバスからは別の塔も見えました。もしかすると永泰寺塔かもしれません。奇岩が緑の木々の間に見える嵩山の山の連なりの中で、オレンジ色の四角い塔がありました。また、武術で有名な少林寺にも歴代の名僧たちの墓である塔がたくさんあり、塔林と呼ばれるところがありました。

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 これまで、木造以外の塔にはあまり興味をもっていなかったのですが、実際に見てみるとやはり美しく、その魅力が少しわかってきたように感じています。現地に行くと、そんな発見ができます。

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