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  • 5月3日小石川の後楽園の庭を歩きました。

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思いの重なる石窟の仏たち

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 旅行の4日目には、いよいよ龍門の石窟です。昔、NHKの番組で見てからいつか行きたいと思っていた場所です。旅行に出る少し前に、神保町の中国書店で分厚い研究報告書のような本を買い、眺めていました。北魏から唐にかけての仏像は日本の飛鳥・奈良時代の仏像に似通っていて、海外の仏像を見ている感じがしません。

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 この日はちょうどよい曇り空、開封でのあの暑さから逃れて、本当に助かりました。龍門に向かう途中には、龍門石窟を描いた巨大な看板がいくつもあり、この地方政府が龍門という世界遺産を観光資源として大いに活用していこうという意志が感じられました。バスを降りて、カートに乗り、さらに柳の植えられた川沿いの道を、対岸の香山寺を眺めながらしばらく歩きました。香山寺は、龍門を愛した白居易が眠る所でもあり、また、中華民国の蒋介石が夫人と共に隠れ住んでいたところだと、羅さんが教えてくれました。
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 龍門石窟には多くの洞がありますが、団体ツアーなので、すべてを見て回ることはできず、今回は「古陽洞」「賓陽洞」「蓮華洞」「薬方洞」「万仏洞」「奉先寺大仏」を見て参りました。堅そうな岩を(橄欖岩というそうです)彫刻して作った仏像はほとんどが壊されていますが、残された衣文や体躯の様子を見ると、とても美しいものでした。廃仏ということが行われずに伝えられていたら、と残念にも思いますが、数百年の間に積み重ねられた人々の思いが小さな仏龕や仏龕の外に彫られた仁王像にまだ宿っているような気がしました。手のひらほどの小さい仏像が、表側は壊されてしまっていても、岩の側は美しく残されているのを見つけては、嬉しい気持ちになり、遥か中国にまで来たかいがあった、と思いました。

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 予定では伊河の遊覧船からも石窟の風景を楽しむことになっていましたが、残念ながら、この日は河の水量が少なく、遊覧船はお休みということでした。それでも橋を渡って対岸から石窟の全景を眺め、千数百年前に築かれたこの奇跡のような風景をゆっくりと楽しみました。

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