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バーナード・リーチと布志名焼・益子焼

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 平成25年となりました。新しい年になったのですが、昨年見たいくつかの展覧会のことをまだ書いていませんでしたので、今日はそのひとつ、東京日本橋高島屋デパートで行われた「生誕125年 東と西の出会い バーナード・リーチ展」のことを思い出してみます。

 バーナード・リーチは香港生まれのイギリス人。生まれて間もなく母親を亡くし、母方の祖父が日本に在住していたので、幼い時一時日本に暮らしたそうです。その後、イギリスで美術学校に学び、22歳から再度日本に来て柳宗悦、志賀直哉、岸田劉生、富本憲吉、濱田庄司らと交流し、日本とイギリスの工芸を結びつけた仕事をした人です。

 会場には日本的と感じられる色や肌をもちながら、西洋的な模様をつけられた、西でも東でもないような不思議で魅力的な形の陶器が並べられていました。その印象は明るく、それでいて落ち着いたもので、このような器がテーブルにあったら生活が楽しくなるだろうな、と感じられるものでした。

 「工芸」というものについて、図録の「バーナード・リーチと日本―個人作家の使命」(諸山正則)を読むと、いくつかの定義のような言葉が書いてありました。たとえば、リーチが東京銀座の工芸店たくみで舩木のスリップウェアを見つけた時、それらの陶器を「個性を主張し過ぎず確かな人間性をうかがわせるもの」と感じられた、という言葉、あるいは、濱田庄司が益子で工人を使ってものづくりをしているという中で語られた「作る方にも網を張り、生活に使う方の人の間にも網が張られ、其れが段々拡がって行くのならば、兎に角極めて自然で、気持ちのいゝものになるでせう」という言葉です。こうしたリーチらの言葉は雑誌『工藝』に載ったものだそうで、表紙の美しいこの雑誌を見てみたいと思うようになりました。

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 バーナード・リーチ、富本憲吉、濱田庄司、河井寛次郎の陶芸作品はそれぞれに違う個性を持っていますが、どこかでつながっているものを感じます。その共通部分、というのは先の言葉で表されたものなのだろうと思います。私はどの人の作品も大好きです。本物の彼らの作品が手に入ればそれはとても素晴らしいことでしょうが、もしそうでなくても、彼らの指導を受けた工人たちの作ったものや模倣して作られたものでも充分楽しめるところが、またよい所です。

 バーナード・リーチは島根県松江の宍道湖畔にある布志名焼舩木道忠の窯に行き作陶をしています。布志名焼の窯は主人の実家からも近く、結婚したばかりの頃、松江の工芸品を売る店で小皿を求め、もう30年使っています。割ってしまったため、似たようなものを買い足してずっと使っています。お気に入りのものがずっと作り続けられているという安心感もよい所です。

 布志名焼の他にも出雲の出西(しゅっさい)窯や大分県日田の小鹿田(おんた)、福岡の二川窯というところにも訪れているそうです。今そうした窯場がどのようになっているのかは知らないのですが、いつか行ってみたいと思いました。

 バーナード・リーチや柳宗悦らの工芸運動をみていると、芸術家と職人・工人のぶつかったところに新しく、しかも普遍性のある自然な良い物ができあがる、ということが立証されているように感じられます。これは普段の私たちにも言えることかもしれません。ひとりで好き勝手にものごとを進めるより、面倒でも他人の意見を聞いてみることが何か新しいものを作り出す力になるように思います。ついひとりでやってしまう私は反省すべきだと思いました。それでも、リーチでさえ、「東洋にいい友達があり、いいものが分るので、日本へ来ることはうれしくもあり、苦しくもある」だろう、と友人の長與善郎が述べていたといいますから、批判を受け入れ、自分を変えていくことは苦しいものかと思います。

 いつまでも平行線の話し合いや黒か白かの二者択一という単純な世界に別れを告げて、新しいものを生み出せる少し苦い味もする大人の世界に私たちは進まなくてはいけないのかと思いました。「東と西の出会い」ということは、そうした言葉と感じました。


(写真は同展のちらしです。)

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