最近のトラックバック

美術に関する本

作品が掲載されているHPへ

  • 八橋蒔絵硯箱
    燕子花と橋のデザインされた光琳の作品 (東京国立博物館HP)

裏磐梯 五色沼周辺 1


  • 猫魔から五色沼入口へ向かう散策路を歩きました

さくら

  • Dsc00334_edited
    いろいろなところで撮った桜の写真です。

青楓の小石川後楽園


  • 5月3日小石川の後楽園の庭を歩きました。

« 大英博物館の釈迦前世の物語 | トップページ | 奈良興福寺南円堂創建1200年 »

大英博物館日本室の渡辺禎夫氏の絵

Londonwatanabe


 大英博物館には日本・韓国・中国の3つの部屋がありました。日本室では法隆寺の百済観音のレプリカがあり、茶室が再現されて展示してありました。いろいろの時代の工芸品や絵画があるなかで、渡辺禎夫さんの版画がありました。その説明には民芸の型染めの方法を使って版画を制作したということが書いてありました。

 渡辺禎夫さんというと、実は亡くなった姑が40代のころに一時画廊を経営していて、私たち夫婦が結婚した時のお祝いも渡辺さんの版画でした。ですから何も詳しいことは知らないまま、うちにはこの絵が飾ってありました。キリスト教者であった、ということは姑から聞いていましたが、民芸運動の染色の技法を参考にして版画を制作していたということは初めて聞くことでしたので、帰国してから調べてみました。

 国立情報学研究所のサイトには神田健次という方のオープンアクセスの論文がありました。「型染め版画に託した夢―渡辺禎夫の信仰と作品」というものです。これを読むと、渡辺禎夫さんと民芸運動の人々との交流について、とても詳しく書かれていました。

 中学2年生の時中退を余儀なくされた渡辺さんは商業図案の店で住み込みをして働き、その後、東京帝国大学医学部の解剖学教室で標本用の図版を描く仕事などしていましたが、転々と職場を変え、ようやく染物屋に落ち着きました。そしてこの染色の仕事の中で、日本の伝統的名衣装や琉球紅型と出会ってその研究を始めたのです。1943年には日本民芸館を訪問し、柳宗悦や芹沢銈介の話を聞いたそうです。戦争中のこの時代に、残すべき日本の美しいものについて考えていた人たちがいたことが、貴重なことのように思います。

 渡辺さんの型染版画は芹沢銈介の考案した染め絵の技法を継承していき、1947年の第一回民藝賞を受賞します。その時、島根県の布志名焼の舩木研児にも賞が贈られています。島根県の松江に暮らしていた姑が渡辺禎夫さんの絵を画廊に置いたのも、このようなことが何か関係していたのかもしれません。今ではもう尋ねることができないのが残念です。

 渡辺さんの絵は、勤め先の近くの養精堂画廊で今でもよく見かけます。お昼休みによくその前を通るこの画廊が渡辺禎夫さんの個展を開催していたところだということも、勝手ながらご縁を感じてしまいます。

 渡辺さんは信仰と芸術について、「私にとって信仰と芸術は、私と神との関係です。……信仰を根本にすえて美を求めてゆく――私は、そのような信仰と美が一致した世界を獲得したい。それを永遠に求めてゆきたいと願っています。移植されたものからではなく、日本の土壌に生い育ったものによって。日本の民衆が創造した美と愛の世界をふりかえりながら」(西坂盾「工房をたずねて」)という言葉を残しています。

 キリスト教というものを中心としながら日本に生まれた美の技で世界を感動させる版画を生み出した渡辺さん。大英博物館で見たことが、改めて素晴らしい日本人作家を見直すきっかけになりました。世界に通用するのは足元の土から育ったものであることの証明だと感じます。

« 大英博物館の釈迦前世の物語 | トップページ | 奈良興福寺南円堂創建1200年 »

コメント

I wish I can print these article

このページはどうして印刷またはE-mailで送れないのですか?
とても不自由なぺージです.。

文章あるいは全てを選択して、右クリック・コピーでワードなどに貼りつけると私のパソコンからはコピーができて印刷可能なのですが・・・。
ご不便をおかけして、申し訳ありません。

試してみたのですが、私のパソコンでは、internet exploreにても、firefoxにてもそのままprintができました。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/88028/57597280

この記事へのトラックバック一覧です: 大英博物館日本室の渡辺禎夫氏の絵:

« 大英博物館の釈迦前世の物語 | トップページ | 奈良興福寺南円堂創建1200年 »

日本の美術・アジアの美術2

夏の会津

  • 15  喜多方の観光馬車
    会津若松で白虎隊の墓所、御薬園、鶴ヶ城をまわりました。