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奈良興福寺南円堂創建1200年

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5月の末、日帰りで奈良に行きました。随分経ってしまいましたが、その時のことをお話しします。

 わざわざ奈良まで出かけたのは、興福寺の南円堂創建1200年記念で、南円堂と北円堂が同時に拝観できたからです。いつもの年なら、南円堂は10月17日の年に一度の公開であり、北円堂も春秋の数日しか公開されないものが、4月12日から6月2日まで両堂同時に公開されておりました。

 お天気のよい日、まずは近鉄奈良駅近くのさくらバーガーでお昼をとってから興福寺へ坂道を登って行くと、参道の入り口で女性がちらしを配っていました。南円堂の前にはテントが張られて、入場料を払うと特別記念品のにおい袋と緑色のエコバックをいただきました。興福寺は今、平成30年(2018)の落慶をめざし、中金堂の再建工事中ですが、そのような中でも何かお祝いの行事に参加できたような気がして、嬉しくなりました。

 南円堂は唐破風のついた扉ではなく左側から入りました。主尊は不空羂索観音。運慶の父である康慶が中心となって造像したというものです。八角形の丸い堂内の中心に美しい木彫の光背を背に張りのある相貌と体躯を持った観音が座しておられました。周囲には四天王像があり、堂内を右繞して順に拝観します。

 主尊の不空羂索観音は立像ではよく目にするのですが、私はこのような座像はあまり見たことがありません。3メートル36センチという大きな三眼八臂の像は堂々としていて、素晴らしいものでした。興福寺には何度も来たことがありますが、いつも扉の閉じられているこのお堂にこのような観音像が座していらっしゃるとは、知識としては知っていても、やはり本当に目にすると、感動いたします。

 周囲の四天王像は袖や裳裾が軽快にまとめられたもので、奈良時代の四天王像に似たお姿をしています。しかしながら鎌倉復興期の南円堂を写したとされる兵庫県・一乗寺の「不空羂索観音図」や京都国立博物館蔵の「興福寺曼荼羅図」にある四天王と、今の四天王の姿は違っているそうで、今の四天王は元は東金堂にあった、とする説や北円堂にあったとする説があるそうです。火災や戦災など、数々の罹災のあった興福寺では仏像がいろいろに移動されており、学者たちの説明を読んでいると頭が混乱してしまいそうです。それでも平成の現代まで、このように伝えられてきたお像があることが有難いことだと思います。

 南円堂の拝観が済むと次には北円堂の見学です。こちらは奈良時代、藤原不比等の菩提を弔うために建立された八角堂です。政治の争いの中で、死に追いやられた長屋王が建てたもので、廟の意味を持つ建物です。永承4年の火災と治承4年の平重衡の焼き討ちで灰燼に帰したものの、承元4年に再建されて今に伝わる興福寺内で最も古い建物だと、いただいたちらしに書かれていました。

 北円堂の中には弥勒如来坐像と、かの有名な無著・世親の像があります。南円堂の不空羂索観音坐像もあまりみないお像ですが、弥勒如来というお像もまた珍しいものだと思います。弥勒仏は思惟する若い姿の菩薩像をよく見ますが、ここの像は56億7千万年後に如来となったお姿です。運慶率いる慶派の仏師たちの作で、像内には1212年の願文が納められているということでした。脇侍には法苑林菩薩と大妙相菩薩が置かれています。

 上野の博物館でもお会いしたことのある無著・世親の像はいつみても素晴らしいものです。しかし、以前、上野で拝見した時には非常に大きく感じられた二像もさらに堂々とした弥勒如来の像の脇にあれば、印象が変わっていました。堂内の群像の中にあるよりは、博物館にあったように二像とのみ正面から向き合った時の方が、より深く見る者の心の奥を見通すような視線にたじろいだような気がします。鎌倉時代の彫刻はそのような像が多いようにも思えます。

 たとえば南円堂に置かれていた法相六祖の像も、おひとりおひとりと向き合うと何か自分の中のいろいろなものが暴き出されるような感じがして、少々恐ろしくなります。それは人の宗教に対する姿勢が変化したからなのでしょうか? 奈良時代の像とはまた違う鎌倉の像の、何かを語ろうとするような力を感じます。私は奈良時代の超越した存在を表した像も、鎌倉時代の驚くほど現実的な像もどちらも魅力的に感じます。ただ、その向き合い方は少し異なるように思えます。

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(写真は同展のちらしです。)

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