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2017年3月 2日 (木)

金春家の能面の奥深さ

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先週の土曜日、上野でほんの40分ほどの時間があいて、東京国立博物館に立ち寄りました。すでに平成館は入場できず、常設展示のみです、と言われながら入りましたが、この夕方の時間帯でも来日した海外からのお客さま達がどんどん博物館へと入っていくのでした。

 

短い時間で楽しむには、と探すと、「金春家伝来の能面・能装束」という展示をしており、2つの部屋をみるだけなら、ちょうどいいので、これを見学に行きました。

 

金春家というのは奈良にゆかりの深い能の家で、現在もシテ方としてその伝統が引き継がれています。秀吉の弟、秀長の贔屓を受けたことをきっかけに、太閤秀吉の庇護も受け、金春大夫安照は朝鮮出兵のために出向いた佐賀の名護屋城で太閤に能を教えたり、家康の駿府城に招かれたりしていたといいます。

 

この展示は主に諦楽舎が守ってきた能面や能装束が奈良帝室博物館に入り、その後東京国立博物館に保管されることとなったものだという説明がありました。この諦楽舎というのは、奈良在住の実業家らが集まって作った団体です。明治期、経済的に苦境に立った金春家が能装束などを売りに出したため、これを春日大社が購入、さらにこれを引き取って守ったのが諦楽舎だったのです。つまり、この金春能の展示は、平成館で行われている春日大社の展覧会に合わせて開催されているのです。春日大社や興福寺専属の猿楽師から発展した能の家の宝が並んでいたのです。

 

能面に限らず、面というものはどこか怖ろしい何かを持っているように感じるのですが、いくらか能を観るようになってからは、この怖ろしさに少し慣れてきました。能が演じられる時に感じる妙なリアル感は間違いなくこの能面によるところが大きいのです。人のように動きながら、どこかあの世のものと思わせ、笑顔の中に悲しみが隠れていたり、疲労の中に凄味が隠れていたりします。

 

あまり舞台では見たことのない「大天神」という面もありました。先月平成館で見た春日大社の春日明神の絵姿も同じような顔に描かれていたように思いました。悪さをした子供を上から怒鳴りつける校長先生のようにも見えます。威嚇の顔のようにも、人間の所業を少し悲しんでいるようにも見えます。

 

白いつるんとした女の面をみた後で、最後に般若の面を見ました。河内の面の解説に般若坊作の写しをした面が「哀しみの表現において本面の充実度には及ばない」という浅見龍介氏の言葉がありましたが、確かに般若の面には深い深い女の哀しみがあるのだな、と改めて感じました。自身でも止められない激しい気持ちは哀れであるのに、そのように追い込んだものを怨みつつも愛して狂ってしまう人の造形として、日本人は随分と残酷なものを作ったものだ、とため息が出ました。

(写真は同展図録)

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